スメタナ

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2010年8月9日 (月) 23:55の版

べドルジハ・スメタナ

本名をベドルジハ・スメタナと言い、チェコを代表する作曲家である。 歌劇、管弦楽曲、室内楽曲などの作曲活動を行い、 チェコの民俗舞踊のリズムを多用し、また、彼の書いた旋律は民謡を彷彿とさせるようなものもあった。



スメタナの一生

1824年3月2日に生まれ、 家族の参加していた弦楽四重奏団を通して幼少より音楽の才能を開花させていった。 とは言うものの、弦楽四重奏団は趣味的レベルであったようだ。 その後、成長したスメタナはプラハでピアノと作曲を学んだ後、指揮者や作曲家として活躍した。


だが梅毒により中途失聴者になってしまい、作曲家としても音楽家としても大事な部分である聴力が落ちてしまった。 しかし、彼は作曲活動を辞めることはなく、 その当時チェコはオーストリアの圧制の元、チェコ語を話すことを規制される(公用語としての使用禁止レベルの規制で個人間同士の会話では使われていたようではあるが)などの様々な規制を受けていた。 人々は「自分たちの言葉で話そう」「独立した国を作ろう」と強く思い、 スメタナはそう想う人々を想い、そしてスメタナ自身がそう願ってやまない気持ちをこめ、 「わが祖国」(Má Vlast)という曲を作曲した。


余談になるが、 中学生の頃「モルダウ」という合唱曲を歌った閲覧者も少なくはないと思うが、「モルダウ」は「わが祖国」の曲の一部を合唱用に編曲したものである。

そしてスメタナは梅毒の進行により正気を保てなくなってしまい、精神病棟に収容され、1884年5月12日に息を引き取った。


小惑星「スメタナ」

チェコスロバキア(当時)出身の天文学者ルボシュ・コホーテクがハンブルク天文台で発見した小惑星で、スメタナの名に因んで命名したもの。



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