中東戦争5

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概要

 ユダヤ人国家イスラエルと周辺アラブ国家との間での戦争で、1948年から1973年までの間に大規模な戦争が4度起こっており、それぞれが第一次から第四次に分類されている。  

1948年5月14日 第一次中東戦争 イスラエルの独立宣言をきっかけに周辺アラブ諸国がパレスチナに進軍。アラブ側の兵力は約15万以上、イスラエル側の兵力は3万弱といわれている。数ではアラブ側が有利であったが、連携の乱れから士気の低下。戦況は次第にイスラエルに傾いた。そして、イスラエル優位のまま1949年6月、双方が国連の停戦勧告を受け入れた。イスラエルでは、この戦争を独立戦争と呼ぶ。  

1956年10月29日 第二次中東戦争 イスラエルによるシナイ半島侵攻により開始された。11月5日、イギリス・フランスも軍事介入。しかし、エジプトを支援してきたソ連はもちろん、イギリス・フランスが支持を求めていたアメリカにも非難され、同月6日に国連の停戦決議を受け入れることとなった。これがPKOの起源である。 エジプトは1957年1月にイギリスとフランスの銀行を国有化、3月にスエズ運河の運行を再開した。一般には「スエズ動乱」や「スエズ戦争」とも呼ばれる。  

1967年6月5日 第三次中東戦争 イスラエルはエジプト、シリア、イラク、ヨルダンの空軍基地に先制攻撃をきっかけに始まる。この戦争に勝利したイスラエルは戦前に比べて4倍以上の領土を獲得したことになる。また、6日で勝敗が決したため「六日戦争」とも呼ばれる。  

1973年10月6日 第四次中東戦争 エジプトがシリアと共にイスラエルを攻撃したことから始まる。前戦争の反省から地対空ミサイルを揃え徹底した防空体制で地上軍を支援する作戦をとった。この「ミサイルの傘作戦」は成功し、イスラエル側に大打撃を与えることに成功する。11日~16日にかけてイスラエルの反撃が始まり、23日に停戦となった。10月に勃発したので10月戦争とも呼ばれている。また、アラブ各国はこの戦いを有利に展開するため、イスラエルを援助する西側諸国に対して石油戦略を発動し、世界で「オイルショック」を引き起こした。

終戦

第四次中東戦争以降、イスラエルとアラブ諸国の間に武力衝突は起こっていない。理由は何個かあるが、その1つとしてナセルの後を継いだサダト・エジプト大統領が1978年3月に単独で平和条約に調印したためである。サダトはノーベル平和賞を受賞したが1981年10月、イスラム復興主義者により暗殺された。


次に、1979年にイランで起きたイスラム革命である。社会の近代化を進めようとするサウジアラビアなどのアラブ諸国にとって、革命が飛び火することを恐れたのだ。


参考文献 帝国書院 新詳 世界史B

ハンドル名 あき


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