チェルノブイリ原発事故7
出典: Jinkawiki
2015年7月24日 (金) 22:27の版 Daijiten2014 (ノート | 投稿記録) ← 前の差分へ |
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+ | 1986年4月26日午前1時23分、ソ連・ウクライナ共和国(当時)にあるチェルノブイリ原発4号炉で起きた事故のこと。 | ||
+ | その日、4号炉は定期点検修理のため停止されようとしていて、実験が行われていた。それは地震などで外部からの電源が遮断され、停電になった時、タービンの慣性だけで発電し、給水ポンプを動かして原子炉を守る非常用ディーゼル発電機が稼働するまでの40秒間を凌げるかを確かめる実験であった。実験は終了し、原子炉緊急停止スイッチが回されて、原子炉は無事に停止するはずだった。 | ||
+ | しかし原子炉は制御不能になり爆発を起こした。この事故以前までは、炉や建物が原子炉の暴走によって破壊されるような事故が起こるとは想定されていなかった。それゆえ、現場にいた運転員や管理職ですら適切な指示ができず、何人もの職員が無意味な作業に出向き、被ばくした。 | ||
- | 1986年4月26日、日本時間1時23分にソビエト連邦(現在のウクライナ)にあるチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた原子力事故のこと。 | ||
- | 国際原子力事象評価尺度 (INES) において、最も深刻とされるレベル7に認定された。 | ||
+ | ==原子炉の仕組み== | ||
- | 当時、チェルノブイリ原子力発電所にはソ連が独自に設計開発した4つの原子炉が稼働しており、そのうち4号炉が炉心溶融したのちに爆発した。放射性降下物がウクライナ・白ロシア(ベラルーシ)・ロシアなどを汚染した。 | + | 原子炉にはさまざまなタイプがある。チェルノブイリの原子炉は、米国や西欧にあるものとは設計が大きく異なっていた。 |
+ | 原子力発電の燃料はウランを使っており、ウランを核分裂させることによって膨大な熱が放出され、水が沸騰し、蒸気を発生させ発電する仕組みになっている。核分裂が行われているのは原子炉の炉心である。ウランは燃料棒に濃縮されて封じ込められる。そして原子炉の内部では、核分裂反応が継続的に行われている。燃料棒のなかのウラン原子は分裂し、中性子を放つが、その速度を減速させるために水か黒鉛が使われている。あまりに多くの原子が一度に核分裂すると、熱の発生が過剰になり、原子炉で処理できなくなってしまうからである。効率的にエネルギーを生み出せる反面、いまだに放射性廃棄物の十分な処分方法が確立していない。また長期にわたって強い放射性を保つため、原発は大きな危険を常にはらんでいる。 | ||
- | 1991年のソ連崩壊以後、原子力発電所の処理義務はウクライナに移行した。だが事故が起きてから、原発から半径30キロメートル以内の地域での居住が禁止され、放射能による高濃度汚染地域を意味するホットスポットが約100箇所も存在し、ホットスポット内においては農業や畜産業などが全面的に禁止された。その周辺でも制限されている場所がある。 | ||
+ | ==事故による被害== | ||
- | 当時、4号炉は操業休止にし、外部電源喪失を想定した非常用発電系統の実験を行っていた。 | + | 被害は広域に及んだ。大気に放出された大量の放射能が風や雲によって運ばれ、放射能が含まれた雨が降ることによりヨーロッパ一帯が汚染されるという事態が起きた。 |
+ | 一部はジェット気流に乗って日本やアメリカまで降り注いだ。事故は発生して3日後に世界に知られることとなる。北欧、ドイツ南部、北イタリア、黒海沿岸などにホットスポットができ、原発事故の被害は距離を問わないことが判明した。また、汚染は動植物から食卓に並ぶ食料品にまで影響を与え、人体にはどうしようもないほどの後遺症を残した。 | ||
- | 実験中に制御不能になり、炉心融解が起きてしまった。ソ連政府は住民たちのパニックや機密が外に漏れるのを恐れ、この事故をどこにも公表しなかった。 | ||
+ | ==参考文献== | ||
- | そのため、周辺住民の避難措置も取られなかったので住民らは数日間、何も知らないままふつうの生活を送り、高い放射性物質を浴びて被曝した。しかし、翌年4月27日にスウェーデンのフォルスマルク原子力発電所でこの事故が原因の放射性物質が検出された。同様の報告が近隣国からも上がったため、スウェーデン当局が調査を開始。この調査結果について事実確認を受けたソ連はついにその内容を認め、事故が世界中に発覚することになった。 | + | 七沢潔 1996年「原発事故を問うチェルノブイリから、もんじゅへ」 岩波書店 |
+ | R.P.ゲイル他 1988年「チェルノブイリアメリカ人医師の体験(上)」 岩波書店 | ||
- | この事故による死者も多く、被爆による健康被害を訴える人も相次いだ。現在も立ち入り禁止区域がある。 | ||
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- | 日本でも原発事故が起こったのは記憶に新しい。ただし事故の原因は巨大地震による。 | ||
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1986年4月26日午前1時23分、ソ連・ウクライナ共和国(当時)にあるチェルノブイリ原発4号炉で起きた事故のこと。 その日、4号炉は定期点検修理のため停止されようとしていて、実験が行われていた。それは地震などで外部からの電源が遮断され、停電になった時、タービンの慣性だけで発電し、給水ポンプを動かして原子炉を守る非常用ディーゼル発電機が稼働するまでの40秒間を凌げるかを確かめる実験であった。実験は終了し、原子炉緊急停止スイッチが回されて、原子炉は無事に停止するはずだった。 しかし原子炉は制御不能になり爆発を起こした。この事故以前までは、炉や建物が原子炉の暴走によって破壊されるような事故が起こるとは想定されていなかった。それゆえ、現場にいた運転員や管理職ですら適切な指示ができず、何人もの職員が無意味な作業に出向き、被ばくした。
原子炉の仕組み
原子炉にはさまざまなタイプがある。チェルノブイリの原子炉は、米国や西欧にあるものとは設計が大きく異なっていた。 原子力発電の燃料はウランを使っており、ウランを核分裂させることによって膨大な熱が放出され、水が沸騰し、蒸気を発生させ発電する仕組みになっている。核分裂が行われているのは原子炉の炉心である。ウランは燃料棒に濃縮されて封じ込められる。そして原子炉の内部では、核分裂反応が継続的に行われている。燃料棒のなかのウラン原子は分裂し、中性子を放つが、その速度を減速させるために水か黒鉛が使われている。あまりに多くの原子が一度に核分裂すると、熱の発生が過剰になり、原子炉で処理できなくなってしまうからである。効率的にエネルギーを生み出せる反面、いまだに放射性廃棄物の十分な処分方法が確立していない。また長期にわたって強い放射性を保つため、原発は大きな危険を常にはらんでいる。
事故による被害
被害は広域に及んだ。大気に放出された大量の放射能が風や雲によって運ばれ、放射能が含まれた雨が降ることによりヨーロッパ一帯が汚染されるという事態が起きた。 一部はジェット気流に乗って日本やアメリカまで降り注いだ。事故は発生して3日後に世界に知られることとなる。北欧、ドイツ南部、北イタリア、黒海沿岸などにホットスポットができ、原発事故の被害は距離を問わないことが判明した。また、汚染は動植物から食卓に並ぶ食料品にまで影響を与え、人体にはどうしようもないほどの後遺症を残した。
参考文献
七沢潔 1996年「原発事故を問うチェルノブイリから、もんじゅへ」 岩波書店
R.P.ゲイル他 1988年「チェルノブイリアメリカ人医師の体験(上)」 岩波書店
HN:羊一