欧州連合(EU)
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== '''欧州連合の歴史''' == | == '''欧州連合の歴史''' == | ||
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多くの人が犠牲となった第一次世界大戦より、欧州統合の概念がうまれた。リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーなどによりヨーロッパ連合ような機関が設立されたが失敗となった。 | 多くの人が犠牲となった第一次世界大戦より、欧州統合の概念がうまれた。リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーなどによりヨーロッパ連合ような機関が設立されたが失敗となった。 | ||
- | '''・1945年~1957年~ECSCの結成~''' | + | '''・1945年~1957年~ECSCの結成~''' |
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+ | 1945年 第二次世界大戦終結 | ||
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+ | 1948年 OEEC(欧州経済協力機構)の発足、ベネルクス三国の関税同盟が結成(EUの土台となる) | ||
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+ | 1949年 NATO(北大西洋条約機構)の発足 | ||
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+ | 1952年 ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)が結成。原加盟国は仏、独、伊、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク | ||
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+ | 1955年 ワルシャワ条約機構の発足 | ||
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+ | 1957年 ローマ条約の調印 | ||
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+ | 第二次世界大戦により大きな損害を受けたヨーロッパでは、ドイツが再び平和の脅威とならぬように、石炭産出地域をドイツから分離し、ルール地方などは国際管理下におかれた。1946年にウィンストン・チャーチルにより唱えられた、ヨーロッパ連邦を求める声が高まり、1949年にヨーロッパ機関として、欧州評議会が創設された。1950年には、フランス外相ロベール・シューマンによりヨーロッパの石炭や鉄鋼産業の統合のための共同体が提唱された。その提唱をうけて、1952年には、仏、独、伊、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、また西ドイツはパリ条約に調印し、欧州石炭鉄鋼共同体を設立した。また、第二次世界大戦終結後よりドイツの工業生産は制限されていたが撤廃された。これによって、EUの第一機関となる、最高機関と共同総会が誕生した。最高機関の委員長はジャン・モネ、共同総会の議長にはポール=ヘンリ・スパークが就くこととなった。そして、1957年にはローマ条約により、EEC(欧州経済共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)の設置が定められた。 | ||
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+ | '''1958年~1972年~ECの発足~''' | ||
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+ | 1958年 EEC(欧州経済共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)が発足 | ||
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+ | 1960年 EFTA(欧州自由貿易連合)が発足 | ||
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+ | 1967年 EC(欧州共同体)の発足 | ||
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+ | 1968年 EC内での関税同盟が完成。農業共同市場の発足 | ||
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+ | 1972年 ノルウェーがEC加盟を否決 | ||
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+ | ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)と分離されていたEEC(欧州経済共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)は全く同一の会議を有していた。そのとき、共同体の施行機関は、ECSCは最高機関が、EECとEURATOMは委員会とされていた。各共同体は、それぞれの分野で統合をめざしていた。しかし、1965年には3つの共同体をひとつの機関下で統合することになり、ブリュッセル条約が調印された。そして、1967年にEC(欧州共同体)が発足した。ECの初期委員長にはジャン・レイが就任。 | ||
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2008年8月3日 (日) 21:57の版
EUとはEuropean Union、つまり欧州連合または、ヨーロッパ連合のことである。経済的統合を中心に発足した欧州共同体(EC)から発展し、1993年のマーストリヒト条約によりEUが発足された。ヨーロッパ各国が加盟し、経済通貨統合を進めるとともに、共通外交、安全保障の政策、警察・刑事法協力などの様々な協力を進展させる政治・経済統合体である。本部はベルギーのブリュッセルで、現在の加盟国は27か国である。
・現在の加盟国(27か国)
・原加盟国としてベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ドイツ(当時、西ドイツ)、フランス、イタリア
・1973年加盟としてイギリス(一部は含まれない)、アイルランド、デンマーク(フェロー諸島は含まれない、グリーンランドは離脱)
・1981年加盟としてギリシャ
・1995年加盟としてオーストリア、フィンランド、スウェーデン
・2004年加盟としてポーランド、ハンガリー、チェコ、スロベニア、スロバキア、エストニア、ラトビア、リトアニア、キプロス(南キプロス)、マルタ
・2007年加盟としてルーマニア、ブルガリア
・また、現在の加盟候補国 としては、クロアチア、トルコ、マケドニア があげられている。
・総面積
434万平方キロメートルで日本の12倍。欧州連合と単一の国と考えると世界第7位の広さである。
・総人口
4.9億人で日本の3.9倍。欧州連合を単一の国と考えるると世界第3位の多さである。人口密度は114/km2。
欧州連合の歴史
・第二次世界大戦終結以前(1945年)
多くの人が犠牲となった第一次世界大戦より、欧州統合の概念がうまれた。リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーなどによりヨーロッパ連合ような機関が設立されたが失敗となった。
・1945年~1957年~ECSCの結成~
1945年 第二次世界大戦終結
1946年 東西冷戦が始まる
1948年 OEEC(欧州経済協力機構)の発足、ベネルクス三国の関税同盟が結成(EUの土台となる)
1949年 NATO(北大西洋条約機構)の発足
1952年 ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)が結成。原加盟国は仏、独、伊、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク
1955年 ワルシャワ条約機構の発足
1957年 ローマ条約の調印
第二次世界大戦により大きな損害を受けたヨーロッパでは、ドイツが再び平和の脅威とならぬように、石炭産出地域をドイツから分離し、ルール地方などは国際管理下におかれた。1946年にウィンストン・チャーチルにより唱えられた、ヨーロッパ連邦を求める声が高まり、1949年にヨーロッパ機関として、欧州評議会が創設された。1950年には、フランス外相ロベール・シューマンによりヨーロッパの石炭や鉄鋼産業の統合のための共同体が提唱された。その提唱をうけて、1952年には、仏、独、伊、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、また西ドイツはパリ条約に調印し、欧州石炭鉄鋼共同体を設立した。また、第二次世界大戦終結後よりドイツの工業生産は制限されていたが撤廃された。これによって、EUの第一機関となる、最高機関と共同総会が誕生した。最高機関の委員長はジャン・モネ、共同総会の議長にはポール=ヘンリ・スパークが就くこととなった。そして、1957年にはローマ条約により、EEC(欧州経済共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)の設置が定められた。
1958年~1972年~ECの発足~
1958年 EEC(欧州経済共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)が発足
1960年 EFTA(欧州自由貿易連合)が発足
1965年 ブリュッセル条約が調印。EEC、EURATOM、ECSCの統合により、EC(欧州共同体)の発足が決定
1967年 EC(欧州共同体)の発足
1968年 EC内での関税同盟が完成。農業共同市場の発足
1972年 ノルウェーがEC加盟を否決
ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)と分離されていたEEC(欧州経済共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)は全く同一の会議を有していた。そのとき、共同体の施行機関は、ECSCは最高機関が、EECとEURATOMは委員会とされていた。各共同体は、それぞれの分野で統合をめざしていた。しかし、1965年には3つの共同体をひとつの機関下で統合することになり、ブリュッセル条約が調印された。そして、1967年にEC(欧州共同体)が発足した。ECの初期委員長にはジャン・レイが就任。