儒家

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目次

儒家

 孔子を祖として、徳治主義に立つ学派。戦国時代に孟子・荀子に受け継がれて発展し、前漢時代に官学とされて以降、歴代王朝の専制体制を支える正統教義となった。

孔子

 紀元前551年頃~紀元前479年頃の儒家の祖。名は丘、字は仲(ちゅう)尼(じ)。よって正式な姓名は孔(こう)丘(きゅう)。春秋戦国時代末期の魯の昌平(しょうへい)郷(きょう)、陬邑(すうゆう) (現在の山東省、曲阜(きょくふ))の人。周の政治を理想として、魯の国政改革に参加したが失敗して衛(えい)・陳(ちん)・楚(そ)等の諸国を巡歴した。のちに帰郷して、古典の整理や弟子の教育に専念し、家族道徳の実践から仁の完成をめざす“修身・斉家・治国・平(へい)天下(てんか)の道を説いた。

 孔子の基本的思想。人と人との間に自然にそなわる道徳的な心情。親に対する“孝”と兄に対する“悌(てい)”がその根本で、孔子はこれを広く実践することで国家・社会の秩序を保つことができると説いた。

四書

「大学」「中庸」「論語」「孟子」の4書。


五経

「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」から成る儒教の根本経典。


孟子

 紀元前372年頃~前289頃、戦国時代の儒家。名は軻(か)、字は子與(しよ)。魯の鄒(すう)(山東省)の人。孔子の説を継承し、性善説や王道政治、易姓革命説を唱えた。斉や宋などを遊説(ゆうぜい)したが失敗し、帰国して弟子の教育に専念した。その言論を記したのが「孟子」

性善説

 孟子の説。人の本性は善で、不善は後天的要素となるとし、人はみな聖人になることができると説き、仁と徳による王道政治を理想とした。

荀子

 紀元前298頃~前235頃、戦国時代末期の儒家。名は況(きょう)。趙(ちょう)の人。孔子の説を継承し、孟子の性善説に対して性悪説をとなえ、社会の秩序を維持するための礼を強調した。斉・楚に仕えた。その言論を記したのが「荀子」。法家の韓(かん)非(ぴ)・李斯(りし)はその門下生であった。

参考文献

中国古代思想窮見(2008) 舘野正美  汲古書院

中国歴史文化事典(1998) 孟 慶遠 新潮社

諸子百家-世界古典文学集-(1982) 貝塚茂樹 筑摩書房


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