ハーバード大学
出典: Jinkawiki
2009年1月30日 (金) 04:52の版 Bunkyo-student2008 (ノート | 投稿記録) ← 前の差分へ |
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学部教育を修了するのに、以下の三つの条件を求めている。 | 学部教育を修了するのに、以下の三つの条件を求めている。 | ||
- | #コア科目( c o r e r e q u i r e m e n t ):コア科目は外国文化、歴史、文学、道徳、数学、科学、社会の七つの領域 | + | #コア科目( c o r e r e q u i r e m e n t ): コア科目は外国文化、歴史、文学、道徳、数学、科学、社会の七つの領域すべてに合格することが必要。 |
- | すべてに合格することが必要。 | + | #専門科目(Concentration requirement): アフリカ研究、女性研究など40種類以上の科目があり、そのどれかを履修する。人気のある専門科目は「環境科学と公共政策」、「歴史と文学」、「歴史と科学」、「文学」、「社会研究」、「映像環境研究」、「女性・ジェンダー・セクシュアリティ研究」など。専門領域は、第二学年の秋学期(入学後1年後)までに決定する。 |
- | #専門科目(Concentration requirement):アフリカ研究、女性研究など40種類以上の科目があり、そのどれかを履修する。人気のある専門科目は「環境科学と公共政策」、「歴史と文学」、「歴史と科学」、「文学」、「社会研究」、「映像環境研究」、「女性・ジェンダー・セクシュアリティ研究」など。専門領域は、第二学年の秋学期(入学後1年後)までに決定する。 | + | #作文と外国語: 「作文と外国語」 外国語としてはアフリカ語、古典アラビア語、現代アラビア語からズールー語にいたるまで、約30カ国語が開講されており、そのなかから一外国語を選択する。 |
- | #作文と外国語:「作文と外国語」 外国語としてはアフリカ語、古典アラビア語、現代アラビア語からズールー語にいたるまで、約30カ国語が開講されており、そのなかから一外国語を選択する。 | + | |
=== コア・プログラム === | === コア・プログラム === | ||
現行コア・プログラム:文学と芸術A、文学と芸術B、文学と芸術C、科学A、科学B、歴史研究A、歴史研究B、社会分析、外国文化、道徳理論、数量的推論の11 領域が設定され、自分の専攻に近い4領域を除いた7領域に置かれた授業群の中から、それぞれ1授業ずつ選択することによって、学士課程の学習の4 分の1、つまり1学年分を当てることになる。それぞれの領域の中にある授業の数は、毎年10~12 科目程度であるが、この他に学科が開設する科目をコア科目として代替履修することが認められている。 | 現行コア・プログラム:文学と芸術A、文学と芸術B、文学と芸術C、科学A、科学B、歴史研究A、歴史研究B、社会分析、外国文化、道徳理論、数量的推論の11 領域が設定され、自分の専攻に近い4領域を除いた7領域に置かれた授業群の中から、それぞれ1授業ずつ選択することによって、学士課程の学習の4 分の1、つまり1学年分を当てることになる。それぞれの領域の中にある授業の数は、毎年10~12 科目程度であるが、この他に学科が開設する科目をコア科目として代替履修することが認められている。 | ||
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+ | == 学士課程カリキュラムの歴史 == | ||
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+ | :ハーバード創設期のカリキュラムは単一の必修要件であり、教育を受けた人間が知っておくべき主題に相当する1セットの科目群が決められていた。この標準カリキュラムは学生が選択する余地のほとんど無いものであった。やがて19 世紀後半にC.エリオット学長の下で劇的な改革が行われた。それは選択システムの導入であり、学生が大学の提供するいくつかの科目の中から自由に自分の授業科目を選ぶことを許すものだった。エリオットはハーバードを、他者に対する見方や、公共的なものの考え方、社会的な責任といったことを様々な方法で学ぶ学校にしようとした。20 世紀初頭には、学生が自分のカリキュラムを本当に効果的につくることができるのかという疑問が投げかけられるようになった。そこで授業を分野ごとにグループ分けし、グループの中から選択必修させる枠組みが作られた。学生は一つの特定の対象を深く研究するとともに、幅広く教育されるべきであるという考え方が、ここで定式化された。 | ||
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+ | :第2次大戦中にJ.B.コナント学長は「自由社会における一般教育の目的委員会」を作り、ハーバード・カレッジだけでなく、より広くアメリカの教育全体における一般教育の概念を明確にすることにした。この委員会は1945年に、人文、社会、自然の3分野から1学年に一科目ずつ履修する「一般教育プログラム」を含む報告書(レッドブック)を提案した。 | ||
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+ | :1974 年にはH.ロソフキー文理学院学長が主導して行われた学士課程教育評価によって、いわゆるコア・プログラムが提案された。ベトナム戦争後の大学教育、とりわけ学士課程教育は、知識自体の習得よりも知識習得の方法を探求することを目指すべきだとして、ハーバードの優れた教員資源を学士課程教育に振り向けるべきである、との提言が出された。つまり人文、社会、自然という伝統的な学問領域別の分け方ではなく、現代社会が必要とする課題別構成によって、より多くの選択科目を置くこととなった。 | ||
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+ | :この改革案は1978 年から実施に移されたが、その後コア・プログラムには数度の改定が行われている。1度目は1997 年5 月であり、コア領域の一つとして数量的推論(QuantitativeReasoning)が追加された。また人文科学分野と社会科学分野で、学科が開設する科目をコア科目として代替履修することが許可された(すでに自然科学分野では許可されていた)。1999年には、外国語の能力が十分にある学生を見分けるために言語能力試験を導入した。さらに2000-2001 学年の初めからは一年次演習プログラムが復活した。同時に一年次演習を学生が履修するよう促すために、コアの必修要件が8領域から7領域に減らされた。現行コア・プログラムは次の通りである。 | ||
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+ | == コア・プログラムの廃止 == | ||
+ | 教員も学生も、それぞれのコア領域の境目がはっきりとは分かっていないので、領域ごとの違いをきちんと説明できなくなっている。また学生から『アメリカの先史文化:メディアと主題』というような授業は、一般教育の授業として狭すぎるのではないかとの不満も出ている。またコア・プログラムの必修要件が厳しいために、学生が自分の能力や志望より低レベルの授業を受けなければならないこともある。その逆に、領域によっては多くの専攻の必修要件とならないために、履修者が一つの専攻の学生だけになってしまうこともある。コア・プログラムの必修要件を満たすためには限られた選択肢しかなく、学生の多くは大人数授業を選択せざるを得ないため、教員との接触が十分でないとの強い批判がある。またコア・プログラムの授業内容(タイトル)は個々の教員の意思で決められるために、学生が履修したい内容の授業が開設されない場合も少なくないという不満も出されている。こうした学生からの不満に対応するために、カービー学部長とB.H.グロス前学部長が共同委員長となり、4つのワーキンググループと運営委員会を設けて、数年にわたって学生、教員、職員、同窓生らの改革が検討されている。 | ||
+ | == 改革提言の概要-コア・プログラムに代わるもの == | ||
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+ | 学士課程カリキュラムの全面的見直しは多岐にわたるが、大きなものは次の8項目にまとめられる。 | ||
+ | #'''ハーバード・カレッジ・コース''': 現ハーバード大学総長L.H.サマーズが何度も語っているように、どんな組織・制度であっても、その性格や構成を適当な時期をおいて再検討し、再構築または変化させる必要がある。今回の改革によって全面的に見直されることになった最大のものが、コア・プログラムの廃止と、それに代わるカレッジコースの設置である。コア・プログラムは自分の専攻とは違った学問分野の知識を習得することを強調したものであったが、カレッジコースでもこの考えは継承するとしている。しかしコア・プログラムが現代的な分野構成をとったのに対し、カレッジコースでは伝統的な知識で構成された大領域の中から一つずつ授業を選択することによって必修単位を満たすようにする。カレッジコースでは、コア・プログラムより学生の科目選択をより自由にする。知識や概念、古典への導入を行うことによって、専攻分野への準備をすることが狙いとなっている。カレッジコースの詳細はまだ決まっていないが、領域設定は人文科学や社会科学、生命科学、自然科学といった最新の学問構造を基礎に決められることになる。また必修領域として、特に国際分野や自然科学分野が重視されることになる。急速に変わりゆく学問分野において、卒業後にも学習を継続できるような教育を行うためには、何を学生が知るべきであるか、また学生にとって最も良い学習方法はどのようなものかを決める必要がある。なかでも推論、文章表現、言語表現等の批判的スキルを身につけることのできる科目群を通じて、教員と学生の両方の地平を拡げることを目指している。 | ||
+ | #'''必修単位と専攻決定の時期''': 各専攻(メジャー)の目的と構造は、これから教育政策委員会によって検討されることになる。現在ハーバードの学士課程の半分以上を占める専攻の必修単位を減らすこと、さらに1 年次に行なっている専攻を決定する時期を、2年次の中頃まで遅らせることが前提となる。専攻決定の時期を遅らせることは、一般教育の必修要件をより柔軟にし、学生が専攻分野での高度な学習に取り組む前に、より幅広い知識探求の機会を提供することになる。 | ||
+ | #'''少人数クラスと演習''': 教養教育は学生と教員の共同作業であることを認識し、学士課程の全体においてクラスサイズを小さくする。必修の小規模クラス化、具体的には教員がリードするフレッシュマン・セミナーから、すべての専攻の3 年次演習まで少人数教育を継続することが必要である。そのためには教員の数を大幅に増やす必要がある。 | ||
+ | #'''国際分野と自然科学分野''': 世界中で最も劇的に変化している2 つの領域――国際分野と自然科学分野――をハーバードの学生が学ぶ機会を広げるようにする。すべてのハーバードの学生は、外国での研究や調査、さらには国際的な場での経験を積むように期待されるし、入学時の外国語能力に関わらず、外国語を使用した研究を続けることが期待される。またすべてのハーバードの学生は、人文科学や社会科学のみならず、自然科学に対しても全員が広く深く教育されるべきである。 | ||
+ | #'''学年暦の調整と実験プログラム''': 学生の選択および機会を広げるために全学の学年暦を調整する。さらに1 月の一か月間をカリキュラム実験に活用する。 | ||
+ | #'''論文作成及び高度の研究プロジェクト''': 多くの学生が、論文作成あるいは高度の研究プロジェクトに参加することを通して視野を広げることが望まれる。学生が伝統的な学問的境界を横断する様々な問題に対して、教員の指導の下に高度な研究を行うことによって、現代の主要な知的問題の論争に入っていくように促す。 | ||
+ | #'''アドバイザー・オフィス''': 学生に対して学術的な面での助言や履修指導を行うアドバイザー事務室を作る。 | ||
+ | #'''上級生寮''': ハーバードへの帰属意識を高めるために、新入生がハーバードに到着したらすぐに上級生と同じ寮に入れるようにする。上級生と一緒に寮生活を送ることは、授業で上級生と一緒になったときや学習グループに入ったとき、自分にあった専攻決定を考えるときにアドバイスを得ることができて有意義である。 | ||
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+ | == ハーバード大学と日本の大学(桜美林大学大学院 深野政之) == | ||
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+ | ハーバードのコア・プログラムが廃止されることにより、コア・プログラムが特色としていた学際的領域設定は、少なくともアメリカ国内では旧式のものと見られるようになった。今回コア・プログラムを継承するものとして提言されたカレッジコースでも、領域設定は既存の学問領域を基礎にすることが例示されており、これは他の多くの大学の学士課程プログラムと共通した傾向である。The Chronicle of Higher Education.で指摘されているように、ハーバードのコア・プログラムの廃止をはじめとする改善策は、国内の他大学では既に何年にもわたって実践されてきたことである。全米の大学に設置されているアドバイザー事務室がハーバードには設置されていなかったことや、ハーバードの学生が在学中に留学することが非常に少ないことなどは驚くべき事実である。ハーバードが設置を予定しているアドバイザー事務室は、日本の大学ではほとんど見られない。また今回のハーバードのように長期的視点から定期的にカリキュラムを点検・評価するシステムが日本の大学では確立されておらず、教員の意識改革をカリキュラム改革の中心に据えている例が日本ではほとんどない。日本の大学でも「学生中心の大学」にする必要性が言われて久しく、学生の基礎学力の不足や自己学習能力の低下が問題になっている現在、課題を克服し、各大学の個性にあった改革を探っていくことが求められている。 | ||
+ | == 参考文献 == | ||
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+ | *清水畏三「ハーバードの一般教育改革、教員任用など-H・ロソフスキー前学部長に聞く」(『一般教育学会誌』第8巻2号、1986) | ||
+ | *今井重孝「ハーバード大学」(有本章編『大学のカリキュラム改革』Ⅲ部3章、玉川大学出版部、2003) | ||
+ | *深野政之「ハーバードのカリキュラム改革-コア・プログラムの廃止」桜美林大学 |
最新版
ハーバード大学(英語: Harvard University)は、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市に本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1636年に設置された。
アイビー・リーグの一校であり、米国で最も古い大学でもある。2007年、2008年の世界大学ランキングでは単独1位であった。オバマ大統領を含め、7人のアメリカ合衆国大統領を輩出している。またノーベル賞受賞者を多数出す(1974年以来19人の教員が受賞)など世界トップの研究機関のひとつでもある。モットーは"Veritas"(真実)。スクールカラーはクリムゾン(赤系統)。マスコットはJohn Harvard。
目次 |
沿革
「ハーバードカレッジHarvard College」の前身は1636年9月8日で、もともとは牧師養成機関として設立された。大学名は副牧師のジョン・ハーバードから名づけられ、マサチューセッツ湾植民地の総大会議でアメリカ最古の高等教育機関の一つとして可決された。初代学長は、ヘンリー・ダンスター(在任;1640-1654)。Collegeでなく、最初のUniversityの名称は、1780年に記録されている。
教養教育
学部教育を修了するのに、以下の三つの条件を求めている。
- コア科目( c o r e r e q u i r e m e n t ): コア科目は外国文化、歴史、文学、道徳、数学、科学、社会の七つの領域すべてに合格することが必要。
- 専門科目(Concentration requirement): アフリカ研究、女性研究など40種類以上の科目があり、そのどれかを履修する。人気のある専門科目は「環境科学と公共政策」、「歴史と文学」、「歴史と科学」、「文学」、「社会研究」、「映像環境研究」、「女性・ジェンダー・セクシュアリティ研究」など。専門領域は、第二学年の秋学期(入学後1年後)までに決定する。
- 作文と外国語: 「作文と外国語」 外国語としてはアフリカ語、古典アラビア語、現代アラビア語からズールー語にいたるまで、約30カ国語が開講されており、そのなかから一外国語を選択する。
コア・プログラム
現行コア・プログラム:文学と芸術A、文学と芸術B、文学と芸術C、科学A、科学B、歴史研究A、歴史研究B、社会分析、外国文化、道徳理論、数量的推論の11 領域が設定され、自分の専攻に近い4領域を除いた7領域に置かれた授業群の中から、それぞれ1授業ずつ選択することによって、学士課程の学習の4 分の1、つまり1学年分を当てることになる。それぞれの領域の中にある授業の数は、毎年10~12 科目程度であるが、この他に学科が開設する科目をコア科目として代替履修することが認められている。
学士課程カリキュラムの歴史
- ハーバード創設期のカリキュラムは単一の必修要件であり、教育を受けた人間が知っておくべき主題に相当する1セットの科目群が決められていた。この標準カリキュラムは学生が選択する余地のほとんど無いものであった。やがて19 世紀後半にC.エリオット学長の下で劇的な改革が行われた。それは選択システムの導入であり、学生が大学の提供するいくつかの科目の中から自由に自分の授業科目を選ぶことを許すものだった。エリオットはハーバードを、他者に対する見方や、公共的なものの考え方、社会的な責任といったことを様々な方法で学ぶ学校にしようとした。20 世紀初頭には、学生が自分のカリキュラムを本当に効果的につくることができるのかという疑問が投げかけられるようになった。そこで授業を分野ごとにグループ分けし、グループの中から選択必修させる枠組みが作られた。学生は一つの特定の対象を深く研究するとともに、幅広く教育されるべきであるという考え方が、ここで定式化された。
- 第2次大戦中にJ.B.コナント学長は「自由社会における一般教育の目的委員会」を作り、ハーバード・カレッジだけでなく、より広くアメリカの教育全体における一般教育の概念を明確にすることにした。この委員会は1945年に、人文、社会、自然の3分野から1学年に一科目ずつ履修する「一般教育プログラム」を含む報告書(レッドブック)を提案した。
- 1974 年にはH.ロソフキー文理学院学長が主導して行われた学士課程教育評価によって、いわゆるコア・プログラムが提案された。ベトナム戦争後の大学教育、とりわけ学士課程教育は、知識自体の習得よりも知識習得の方法を探求することを目指すべきだとして、ハーバードの優れた教員資源を学士課程教育に振り向けるべきである、との提言が出された。つまり人文、社会、自然という伝統的な学問領域別の分け方ではなく、現代社会が必要とする課題別構成によって、より多くの選択科目を置くこととなった。
- この改革案は1978 年から実施に移されたが、その後コア・プログラムには数度の改定が行われている。1度目は1997 年5 月であり、コア領域の一つとして数量的推論(QuantitativeReasoning)が追加された。また人文科学分野と社会科学分野で、学科が開設する科目をコア科目として代替履修することが許可された(すでに自然科学分野では許可されていた)。1999年には、外国語の能力が十分にある学生を見分けるために言語能力試験を導入した。さらに2000-2001 学年の初めからは一年次演習プログラムが復活した。同時に一年次演習を学生が履修するよう促すために、コアの必修要件が8領域から7領域に減らされた。現行コア・プログラムは次の通りである。
コア・プログラムの廃止
教員も学生も、それぞれのコア領域の境目がはっきりとは分かっていないので、領域ごとの違いをきちんと説明できなくなっている。また学生から『アメリカの先史文化:メディアと主題』というような授業は、一般教育の授業として狭すぎるのではないかとの不満も出ている。またコア・プログラムの必修要件が厳しいために、学生が自分の能力や志望より低レベルの授業を受けなければならないこともある。その逆に、領域によっては多くの専攻の必修要件とならないために、履修者が一つの専攻の学生だけになってしまうこともある。コア・プログラムの必修要件を満たすためには限られた選択肢しかなく、学生の多くは大人数授業を選択せざるを得ないため、教員との接触が十分でないとの強い批判がある。またコア・プログラムの授業内容(タイトル)は個々の教員の意思で決められるために、学生が履修したい内容の授業が開設されない場合も少なくないという不満も出されている。こうした学生からの不満に対応するために、カービー学部長とB.H.グロス前学部長が共同委員長となり、4つのワーキンググループと運営委員会を設けて、数年にわたって学生、教員、職員、同窓生らの改革が検討されている。
改革提言の概要-コア・プログラムに代わるもの
学士課程カリキュラムの全面的見直しは多岐にわたるが、大きなものは次の8項目にまとめられる。
- ハーバード・カレッジ・コース: 現ハーバード大学総長L.H.サマーズが何度も語っているように、どんな組織・制度であっても、その性格や構成を適当な時期をおいて再検討し、再構築または変化させる必要がある。今回の改革によって全面的に見直されることになった最大のものが、コア・プログラムの廃止と、それに代わるカレッジコースの設置である。コア・プログラムは自分の専攻とは違った学問分野の知識を習得することを強調したものであったが、カレッジコースでもこの考えは継承するとしている。しかしコア・プログラムが現代的な分野構成をとったのに対し、カレッジコースでは伝統的な知識で構成された大領域の中から一つずつ授業を選択することによって必修単位を満たすようにする。カレッジコースでは、コア・プログラムより学生の科目選択をより自由にする。知識や概念、古典への導入を行うことによって、専攻分野への準備をすることが狙いとなっている。カレッジコースの詳細はまだ決まっていないが、領域設定は人文科学や社会科学、生命科学、自然科学といった最新の学問構造を基礎に決められることになる。また必修領域として、特に国際分野や自然科学分野が重視されることになる。急速に変わりゆく学問分野において、卒業後にも学習を継続できるような教育を行うためには、何を学生が知るべきであるか、また学生にとって最も良い学習方法はどのようなものかを決める必要がある。なかでも推論、文章表現、言語表現等の批判的スキルを身につけることのできる科目群を通じて、教員と学生の両方の地平を拡げることを目指している。
- 必修単位と専攻決定の時期: 各専攻(メジャー)の目的と構造は、これから教育政策委員会によって検討されることになる。現在ハーバードの学士課程の半分以上を占める専攻の必修単位を減らすこと、さらに1 年次に行なっている専攻を決定する時期を、2年次の中頃まで遅らせることが前提となる。専攻決定の時期を遅らせることは、一般教育の必修要件をより柔軟にし、学生が専攻分野での高度な学習に取り組む前に、より幅広い知識探求の機会を提供することになる。
- 少人数クラスと演習: 教養教育は学生と教員の共同作業であることを認識し、学士課程の全体においてクラスサイズを小さくする。必修の小規模クラス化、具体的には教員がリードするフレッシュマン・セミナーから、すべての専攻の3 年次演習まで少人数教育を継続することが必要である。そのためには教員の数を大幅に増やす必要がある。
- 国際分野と自然科学分野: 世界中で最も劇的に変化している2 つの領域――国際分野と自然科学分野――をハーバードの学生が学ぶ機会を広げるようにする。すべてのハーバードの学生は、外国での研究や調査、さらには国際的な場での経験を積むように期待されるし、入学時の外国語能力に関わらず、外国語を使用した研究を続けることが期待される。またすべてのハーバードの学生は、人文科学や社会科学のみならず、自然科学に対しても全員が広く深く教育されるべきである。
- 学年暦の調整と実験プログラム: 学生の選択および機会を広げるために全学の学年暦を調整する。さらに1 月の一か月間をカリキュラム実験に活用する。
- 論文作成及び高度の研究プロジェクト: 多くの学生が、論文作成あるいは高度の研究プロジェクトに参加することを通して視野を広げることが望まれる。学生が伝統的な学問的境界を横断する様々な問題に対して、教員の指導の下に高度な研究を行うことによって、現代の主要な知的問題の論争に入っていくように促す。
- アドバイザー・オフィス: 学生に対して学術的な面での助言や履修指導を行うアドバイザー事務室を作る。
- 上級生寮: ハーバードへの帰属意識を高めるために、新入生がハーバードに到着したらすぐに上級生と同じ寮に入れるようにする。上級生と一緒に寮生活を送ることは、授業で上級生と一緒になったときや学習グループに入ったとき、自分にあった専攻決定を考えるときにアドバイスを得ることができて有意義である。
ハーバード大学と日本の大学(桜美林大学大学院 深野政之)
ハーバードのコア・プログラムが廃止されることにより、コア・プログラムが特色としていた学際的領域設定は、少なくともアメリカ国内では旧式のものと見られるようになった。今回コア・プログラムを継承するものとして提言されたカレッジコースでも、領域設定は既存の学問領域を基礎にすることが例示されており、これは他の多くの大学の学士課程プログラムと共通した傾向である。The Chronicle of Higher Education.で指摘されているように、ハーバードのコア・プログラムの廃止をはじめとする改善策は、国内の他大学では既に何年にもわたって実践されてきたことである。全米の大学に設置されているアドバイザー事務室がハーバードには設置されていなかったことや、ハーバードの学生が在学中に留学することが非常に少ないことなどは驚くべき事実である。ハーバードが設置を予定しているアドバイザー事務室は、日本の大学ではほとんど見られない。また今回のハーバードのように長期的視点から定期的にカリキュラムを点検・評価するシステムが日本の大学では確立されておらず、教員の意識改革をカリキュラム改革の中心に据えている例が日本ではほとんどない。日本の大学でも「学生中心の大学」にする必要性が言われて久しく、学生の基礎学力の不足や自己学習能力の低下が問題になっている現在、課題を克服し、各大学の個性にあった改革を探っていくことが求められている。
参考文献
- 清水畏三「ハーバードの一般教育改革、教員任用など-H・ロソフスキー前学部長に聞く」(『一般教育学会誌』第8巻2号、1986)
- 今井重孝「ハーバード大学」(有本章編『大学のカリキュラム改革』Ⅲ部3章、玉川大学出版部、2003)
- 深野政之「ハーバードのカリキュラム改革-コア・プログラムの廃止」桜美林大学