イスラム教徒

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== イスラム教徒の結婚 == == イスラム教徒の結婚 ==
-ムスリムにとって結婚は重要な問題です。聖法シャリーアにはマンドゥーブ(実行することが望ましいこと)として結婚が挙げられています。男性はユダヤ教徒、キリスト教徒との結婚も許されますが、女性はムスリム以外とは許されません。社会的な契約という側面が強く、両親や親族の間で諸条件が決定されます。それに反した場合の離婚は当然で、社会的にも容認されている…そうです。「ムスリムになると4人の妻が持てるんですよね」と興味津々にわたしに聞く人も少なくはないです。確かにクルアーンには妻を4人まで持つことができる、とは書いてあります。が、しかし残念ながら実際には1人の妻の人が圧倒的に多くて、複数というのは少ないです。特に4人の妻がいるなんて人はわたしは今まで聞いたことがないです。現在ではそれは非常に稀です。経済的なことも含めて、一人の男性が4人の女性を全員平等に扱うなんてことは人間には不可能なことです。また、ムスリムの好色がその源になっているという説は完全な誤解です。+ムスリムにとって結婚は重要な問題だ。聖法シャリーアにはマンドゥーブ(実行することが望ましいこと)として結婚が挙げられている。男性はユダヤ教徒、キリスト教徒との結婚も許されるが、女性はムスリム以外とは許されない。社会的な契約という側面が強く、両親や親族の間で諸条件が決定される。それに反した場合の離婚は当然で、社会的にも容認されている。ムスリムになると4人の妻が持てるのかについて、確かにクルアーンには妻を4人まで持つことができる、とは書いてある。しかし残念ながら実際には1人の妻の人が圧倒的に多くて、複数というのは少ない。現在ではそれは非常に稀である。経済的なことも含めて、一人の男性が4人の女性を全員平等に扱うなんてことは人間には不可能なことだ。また、ムスリムの好色がその源になっているという説は完全な誤解である。
-4人の妻を持てることが啓示される前、ウフドの戦いというのあって、ひどく負けてしまったため、多数の未亡人と孤児が出ました。そこでムハンマドは次のようにアッラーの言葉を告げたのです。「おまえ達が孤児を公正に扱いかねることを心配するなら、気に入った女を2人なり3人なり、あるいは4人なりを娶れ」 つまり、戦争未亡人の救済が本来の目的だったのです。また、娶った妻は平等に扱うべきことも併せて述べています。+また、現代では増えつつあるが、恋愛結婚はめずらしい。幼少時から男女は隔離されている上に、結婚は親族の話し合いで決定されることが原則だからだ。血縁が濃いことが喜ばれるので、いとこ婚が多い。地域によっては、女性は父方のいとこから結婚を求められたら、特別な理由がない限り断ることができないという習慣が定着しているところもあるようだ。これはあくまで地域の習慣であってイスラームの教えではないのだが…。
-これはわたしの意見ですが、「娶った妻は平等に扱うべき」というのは、「人間が複数の妻を平等に扱うことは不可能だから、1人だけにしなさい」ということではないか、と思っています。+婚約が成立してからようやく2人の交際が許されるというのがエジプト、アラブの交際の仕方である。だから、『結婚を考えずにただ付き合う』という現代日本や欧米のような付き合い方はエジプトでは基本的にはない。本当に相手のことを愛しているのであれば、一度は必ずプロポーズされる。そして彼の家族にも紹介される。
-また、現代では増えつつありますが、恋愛結婚はめずらしい。幼少時から男女は隔離されている上に、結婚は親族の話し合いで決定されることが原則だからです。血縁が濃いことが喜ばれるので、いとこ婚が多い。地域によっては、女性は父方のいとこから結婚を求められたら、特別な理由がない限り断ることができないという習慣が定着しているところもあるようです。これはあくまで地域の習慣であってイスラームの教えではありませんが。+ムスリムと結婚するということは日本人と結婚するということとまったく全然別の次元のものである。わたしたちが日本で常識だ、当たり前だ、と思っていることは当たり前ではない。エジプトやその他のアラブ諸国では通用しない。いくら「日本ではこうだ、先進国ではこれが当たり前なんだ」と言ったところで「ここはエジプトだ」と言われることだろう。イスラム教国では妻はすべての手続き、事柄において夫の許可(署名)が必要になってくるので、当然、妻の自由は制限される。
-婚約が成立してからようやく2人の交際が許されるというのがエジプト、アラブの交際の仕方です。ですので、『結婚を考えずにただ付き合う』という現代日本や欧米のような付き合い方はエジプトでは基本的にはない、ということです。わたしは一体なんなんだ、という感じですが。+
-本当に相手のことを愛しているのであれば、一度は必ずプロポーズされます。そして彼の家族にも紹介されます。わたしは何度もプロポーズを受けて、家族にも紹介されておりますが、付き合う前に『今のところわたしは結婚する気はありません』と言っています。す、す、すみませ~ん。+
-わたしは家族がエジプトに住んでいるため、エジプトという国のことやエジプト人のことは多少なりとも分かっているつもりです。そしてわたしの両親も彼らのやり方をよく分かっています。結婚する場合には「好きだ、愛してる」の他に、わたしの定めた条件がたくさんあります(絶対にわたしの両親もいろいろ条件を持っているに違いない)。好きだから愛してるからマハル(結納金)は必要ない、など死んでも言いません(笑)。マハルは結婚前、そして離婚後(←これが大切)、しっかりもらいます。離婚後というのは、アラブでは離婚はタブーではありません。赤の他人同士が一緒になるのだから、合わないときは離婚するのは仕方がない、という考え方です。ですので、結婚前に"もしもの慰謝料"の金額も決めておくのです。 
-というわけでその条件を全て満たす人としか結婚することができません。それは自分自身を守るためでもあり、(インシャーアッラー)子どものためでもあります。そして全て書面で契約を交わします。わたしは口約束というものを全く信じておりません。日本では考えられないことかもしれませんが、アラブでは結婚は契約です。結婚したら家族になりますが、夫と妻は他人なのです。だから弁護士の前で書面で夫となる人と結婚(の契約)をするつもりです。 
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-ムスリムと結婚するということは日本人と結婚するということとまったく全然別の次元のものです。わたしたちが日本で常識だ、当たり前だ、と思っていることは当たり前ではありません。エジプトやその他のアラブ諸国では通用しないのです。いくら「日本ではこうだ、先進国ではこれが当たり前なんだ」と言ったところで「ここはエジプトだ」と言われることでしょう。イスラム教国では妻はすべての手続き、事柄において夫の許可(署名)が必要になってくるので、当然、妻の自由は制限されます。 
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-好きだから、一緒にいたいから、という理由だけで何も考えずに結婚すると、いざというときに最も最悪な結末が予想されます。Salamは国際結婚に関するページではありませんので、こちらのページを参考にしてください。管理人さまは離婚されたそうですので、国際離婚がメインのサイトですが、国際結婚にはたくさんの落とし穴があるということが分かると思います。くれぐれも結婚は慎重に。  
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2009年6月25日 (木) 13:18の版

目次

イスラム教徒

イスラム教(イスラーム)を信仰・実践する人々のこと。イスラム教徒のことを「ムスリム」という。意味は「神に帰依した人々」。


イスラム教徒の義務

ムスリム、つまりイスラム教徒には「六信五行」という義務がある。

「六信」とはムスリムが信じなければならない六つのこと。「神」「天使」「啓典(※)」「預言者」「来世」「天命」この六つがある。このうち、特にイスラム教の根本的な教義に関わるものが神(アッラー)と、使徒(ルスル)である。ムスリムは、アッラーが唯一の神であることと、その招命を受けて預言者となったムハンマドが真正なる神の使徒であることを固く信じる。イスラム教に入信し、ムスリムになろうとする者は、証人の前で「神のほかに神はなし」「ムハンマドは神の使徒なり」の2句からなる信仰告白を行うこととされている。

(※)啓典:コーランのこと。イスラーム教の聖典である。科学的にみればムハンマドの著作であり、伝統的なイスラームの信仰ではイスラーム教の開祖であるムハンマドに対して神(アッラー)が下した啓示であるとされている。ムハンマドの死後にまとめられた現在の形は全てで114章からなる。


「五行」は、ムスリムが行わなければならない五つのこと。「信仰告白」「礼拝」「断食」「喜捨」「巡礼」の五つである。「信仰告白」というのは、「アラーの他に神なし。ムハンマドはその使徒なり。」と唱えることだ。声に出さなければダメ。この「信仰告白」というのは、次の「礼拝」と一緒におこなわれる。正式には一日五回、メッカの方向を向いておこなう。ムハンマドはイスラムの教義を作り上げていくときに礼拝の方向を決めた。はじめはイェルサレムに向かってとか、いろいろ試行錯誤するのだが、最終的にはメッカのカーバ神殿に向かって礼拝することに決めた。世界中のムスリムが礼拝の時間にはメッカのカーバ神殿に向かって拝む。次に「断食」。一年に一ヶ月断食月がある。ラマダーンと呼ばれる月だ。これは、まったく何も食べないのではない。日の出から日没まで、太陽の出ている時間帯に食べ物を口にしない、というものである。日が沈んだら、食べてもよい。「喜捨」とは、貧しいものに財産をわけあたえることだ。イスラムは商人の倫理が根っこにあるから、まともな取引で儲けることはいいことなのだが、儲けっぱなしで、財産をため込むことを卑しいこととする。儲けたなら、それを貧しいものに施すことを勧める。「巡礼」は、メッカに巡礼することだ。一年に一回巡礼月があって世界中からイスラム教徒がメッカに集まってくる。現在メッカはサウジアラビアにあるので、サウジ政府は巡礼者の受け入れに非常に気を配っている。また、それがサウジ政府の威信を高めることにもなっているようだ。メッカに巡礼するということは、交通の不便だった昔はなかなかできることではなかった。一生に一度はメッカ巡礼を果たすことがイスラム教徒の悲願だった。だから、今でも巡礼をした人は「ハッジ」と呼ばれ、地域の人々から尊敬をされる。



イスラム教徒の食事

一日3食で、国や地域により食生活の傾向が変わる。

イスラム歴の9月の1ケ月間は、ラマダーンと呼ばれ、日没から日の出までの間に一日分の食事を摂り、日の出から日没までは食事を摂らない。喫煙・性的な営みも禁止され、期間中は夜明け前と夜の2回の食事になる。ラマダーンの間の食事は普段よりも水分を多くした大麦粥であったり、ヤギのミルクを飲んだりする。 断食を始めるのは6歳頃からで、体調のすぐれない者や短期旅行中などはしなくてよいらしい。 食事の前と後には祈りの言葉を唱える。 相手に料理を渡す場合、給仕する場合は右手を使用し、左手は使用してはいけない。 豚・アルコール・血液・宗教者のお祈りと処断されてない肉・うなぎ・イカ・タコ・貝類・漬物などの発酵食品はNGとなる。豚に関しては見ることも嫌う人がいる。 ブイヨン・ゼラチン・肉エキスやラード等は豚が使われているので注意。 豚肉を使用しなくても、豚を連想させるような食材は避け、テーブルにワイングラス等アルコールを連想させるものも避け、カクテルパーティへの参加を避ける人もいる。 血液は不浄なもののため、肉類や魚類は焼き具合にも気をつける。 豚肉を食べない代わりに、牛肉・鶏肉・羊肉を食べ、魚も食べる。生は食べないが。。うなぎ・イカ・タコ・貝類・漬物などの発酵食品は宗教上禁じられているわけではないが使用は避けた方がいい。ウロコのある魚とエビは食べられる。 イスラム教で適切な処理を施した食材をハラルミールといい、扱うお店は厳密な規定がある。



イスラム教徒の結婚

ムスリムにとって結婚は重要な問題だ。聖法シャリーアにはマンドゥーブ(実行することが望ましいこと)として結婚が挙げられている。男性はユダヤ教徒、キリスト教徒との結婚も許されるが、女性はムスリム以外とは許されない。社会的な契約という側面が強く、両親や親族の間で諸条件が決定される。それに反した場合の離婚は当然で、社会的にも容認されている。ムスリムになると4人の妻が持てるのかについて、確かにクルアーンには妻を4人まで持つことができる、とは書いてある。しかし残念ながら実際には1人の妻の人が圧倒的に多くて、複数というのは少ない。現在ではそれは非常に稀である。経済的なことも含めて、一人の男性が4人の女性を全員平等に扱うなんてことは人間には不可能なことだ。また、ムスリムの好色がその源になっているという説は完全な誤解である。

また、現代では増えつつあるが、恋愛結婚はめずらしい。幼少時から男女は隔離されている上に、結婚は親族の話し合いで決定されることが原則だからだ。血縁が濃いことが喜ばれるので、いとこ婚が多い。地域によっては、女性は父方のいとこから結婚を求められたら、特別な理由がない限り断ることができないという習慣が定着しているところもあるようだ。これはあくまで地域の習慣であってイスラームの教えではないのだが…。 婚約が成立してからようやく2人の交際が許されるというのがエジプト、アラブの交際の仕方である。だから、『結婚を考えずにただ付き合う』という現代日本や欧米のような付き合い方はエジプトでは基本的にはない。本当に相手のことを愛しているのであれば、一度は必ずプロポーズされる。そして彼の家族にも紹介される。

ムスリムと結婚するということは日本人と結婚するということとまったく全然別の次元のものである。わたしたちが日本で常識だ、当たり前だ、と思っていることは当たり前ではない。エジプトやその他のアラブ諸国では通用しない。いくら「日本ではこうだ、先進国ではこれが当たり前なんだ」と言ったところで「ここはエジプトだ」と言われることだろう。イスラム教国では妻はすべての手続き、事柄において夫の許可(署名)が必要になってくるので、当然、妻の自由は制限される。





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