グリーンバーグ

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2010年2月4日 (木) 09:39の版
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そして現代の子どもたちに何が必要であるかを考えた結果、今世の中がどんな状況にあるかを知らなければならなく、そのためには民主主義についての流れを知る必要があると考えた。 そして現代の子どもたちに何が必要であるかを考えた結果、今世の中がどんな状況にあるかを知らなければならなく、そのためには民主主義についての流れを知る必要があると考えた。
民主主義は、個人の人格を平等に尊重するということ、どんな人でも平等に社会に参加できるということ、自由になることを学ぶということの3つが必要不可欠である。自由であることの責任に対する認識を持ち、他社の自由を尊重するのである。そのためサドベリバレーでは民主主義に基づいて学校の規則などを決まることになっている。 民主主義は、個人の人格を平等に尊重するということ、どんな人でも平等に社会に参加できるということ、自由になることを学ぶということの3つが必要不可欠である。自由であることの責任に対する認識を持ち、他社の自由を尊重するのである。そのためサドベリバレーでは民主主義に基づいて学校の規則などを決まることになっている。
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 +==参考文献==
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 +『自由な学びが見えてきた サドベリー・レクチャーズ』
 +ダニエル・グリーンバーグ著
 +大沼安史訳 緑風出版2008
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 +『超教育』
 +グリーンバーグ,D.著
 +大沼安史訳 一光社1998

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目次

サドベリバレーとは

1968年にアメリカマサチューセッツ州に子どもたちの自治による民主主義学校サドベリバレー・スクールを設立した。そして現在そのサドベリバレーは世界の教育界に大きな影響を与えている。 サドベリバレーでは4歳から19歳までの子どもたちを受け入れている学校で、そこでは非常に革新的な実践が、パイオニア的に続けられてきた。それは今や、広範な承認を得るに至っている。世間から100%完璧に認められた、過去に例のない最初の学校なのである。この学校は「人間とは生まれつき好奇心をもつものである」を土台に出発している。この言葉は、人間とはその生の固有の一部として、常に学んでいく存在である、との意味合いを含んでいる。そしてそれは自分に備わったナチュラルな傾向にしたがい、自分のしたいことを毎日欠かさず続けることで、子どもたちは学んでいくということでもある。サドベリバレー校の哲学、信念はいたってシンプルで、子どもたちは人間性の本質であるもともと自分の中にある好奇心に衝き動かされることで、自分を取り巻く世界に分け入り、それを自分のものとしていく途方もないエクササイズを続ける努力家であるとされている。この学校は子どもたちとスタッフの一人ひとりが、それぞれ1票の権利を行使する、全体集会によって統治されている。デモクラシーの組織構造で、学校生活の全てが動いているのである。そこに例外はなく校則、予算、学校運営、採用・解雇、そして規律にいたっても、子どももスタッフも平等に与えられた1票を投じて学校のことを決めていく。そのため学校の運営はスムーズに行われる。だれもがそこに参加しているからだ。学校破壊もない。代わりに、ほかの学校からは消えてなくなってしまった解放性と信頼がある。なぜなら自分で決めた規則に自分が従うからだ。ちなみにこの学校は、政府・行政機関、財団の援助なしに機能している。財源は公立学校経費の約半分、ふつうの私立学校の学費を大きく下回る授業料のみである。


誕生のきっかけ

グリーンバーグ夫妻は4歳だった息子のために学校を探していた。夫のダニエルは子どものころ、優秀な生徒で、毎日長時間勉強や宿題をし、どの科目も成績優秀だった。一方妻のハンナは、実にひどい生徒で、宿題もしなければ、先生の話も聞こうとしなかった。でも結果的には、どちらも科学者になった。 ハンナの子ども時代は遊びの世界で、それは素晴らしものだった。ハンナのような素晴らしい子ども時代を送らなかったダニエルは、自分の子には自分のような経験はさせたくないと思って学校を探していたが、求めるような学校は見つからなかった。そして2人はどんな学校が良い学校なのか、学校とはいったい何なんだろうかということについて考えるようになりなった。   そこで2人は「学校は、子どもと社会が出会うべき場であり、子どもと社会が必要としていることを満たさなければならない」と考えた。 子どもは、学校の中ではなくずっと地域社会の中で自然に育ってきたということに気がつき、子どもたちは、成功したがっているということを考えた。今の社会で大切な事は、 成功した大人になるということである。このような考え方は、これまで誰も話してこなかったことであり、よってそのような方針の学校もなかった。そこで自分の子どもにも自然の中で育ってほしい、成功してほしいと考えたため、サドベリバレー校を造るに到った。


重要視すること

子どもたちにとって、さまざまなことを学ぶうえで大切なのは、観察すること、体験、そして遊びであるとグリーンバーグ夫妻は考えている。今まで、子どもの遊びがどんなに大切かということは、話し合われてこなかった。 遊びというものは、始まった段階では、それがどう発展するのかまったく見当もつかないものである。子どもたちは事前に結末がわかってやっているというわけではなく、その時の感じるまま考えるままに目の前のことに夢中になっている。先がどうなるかわからない人生の中で、 大切なのは、いつも居心地良く過ごすということであると考えるため、子どもたちが思いのままのびのびと遊ぶということを重要視した。遊んで、遊んで、遊びまくる。子ども時代の遊びは、人生においてとても大切であり、この情報化社会の中でやっていくには、特に遊びが大切な要素になっていく。 そして現代の子どもたちに何が必要であるかを考えた結果、今世の中がどんな状況にあるかを知らなければならなく、そのためには民主主義についての流れを知る必要があると考えた。 民主主義は、個人の人格を平等に尊重するということ、どんな人でも平等に社会に参加できるということ、自由になることを学ぶということの3つが必要不可欠である。自由であることの責任に対する認識を持ち、他社の自由を尊重するのである。そのためサドベリバレーでは民主主義に基づいて学校の規則などを決まることになっている。


参考文献

『自由な学びが見えてきた サドベリー・レクチャーズ』 ダニエル・グリーンバーグ著 大沼安史訳 緑風出版2008

『超教育』 グリーンバーグ,D.著 大沼安史訳 一光社1998


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