北方限界線

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2011年2月2日 (水) 01:06の版
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北方限界線(NLL)とは、朝鮮半島を南北に分断する軍事境界線が、西の黄海上に延びるところに設定された「海上の事実上の軍事境界線」。朝鮮戦争休戦後の1953年、国連軍が大延坪(テヨンピョン)島などの北に設けた。毎年6月ごろ、付近はワタリガニの好漁場になるため、北朝鮮の漁船が越えて来て、漁船警護の北朝鮮艦艇と、NLL警備の韓国艦艇とがしばしば衝突する。99年6月に起こった銃撃戦の3カ月後、北朝鮮はNLLの無効を宣言、NLL南方に独自のライン設定を主張した。2007年10月の第2回南北(朝鮮)首脳会談で、NLLの南側にはみ出す形で「平和水域」を設定する考えに合意したが、実現は容易ではない。

・過激な行動に出た理由とは 陸地への攻撃は、1953年に朝鮮戦争の休戦協定が結ばれて以来、初めてだ。攻撃は、いくつもの理由が、複雑に絡み合っている。 まずは2008年に登場した李明博(イミョンバク)大統領が前任者までの和解政策を転換し、強硬な北朝鮮対策を取り続けていることが大きい。 攻撃があった朝鮮半島西側の黄海は、何度も南北衝突が起きている「海の火薬庫」である。陸上の軍事境界線はほぼ定まっているが、国連が引いた海の境界線の「北方限界線(NLL)」に対し、北朝鮮は強く反発してきた。 1999年と2002年には南北の軍艦同士が銃撃戦を重ねた。2010年、3月には韓国の軍艦が沈没し、46人の犠牲者が出た。韓国は北朝鮮の魚雷攻撃だと主張しているが、北朝鮮はこれに強く抗議し、対立は決定的になった。 こうした事態を受けて、韓国は同盟相手のアメリカとともに軍事演習を大幅に増やした。北朝鮮は、この演習に備えるために乏しい石油や食料を浪費し、危機感を高めたことも引き金の一つである。 北朝鮮は砲撃の前日から警告を重ねていた。砲撃後も、「韓国の挑発に物理的打撃で対応した」と責任を押し付けている。 北朝鮮が強気なのは、2006年と2009年の2度の核実験を経て、核兵器を保有した自信もあるからだろう。 また国内事情も大きい。金正日(キムジョンイル)総書記は、三男の正恩(ジョンウン)氏を後継者に決めたばかりだが、まだ経験が浅い。リーダーとしての功績をつくったり、政権を支える軍部に威信を示したりするために、乱暴な行動に出たともみられる。 北朝鮮の本音は、アメリカと交渉することで平和条約を結ぶことにあるとされる。今回も、アメリカとの対話を引き出すための挑発だとする味方があるが、後ろ楯となってきた中国を含め、国際社会の理解は得られず、事態は混迷するばかりである。


参考・引用文献

http://kotobank.jp/word/%E5%8C%97%E6%96%B9%E9%99%90%E7%95%8C%E7%B7%9A

月刊ジュニアエラ2月号 朝日新聞出版


投稿者N


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