アイヌ語と日本語の関係

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2014年7月24日 (木) 12:06の版
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アイヌ語は縄文語か

 日本語とアイヌ語の同系関係は古くから注目されてきた。  しかし、アイヌ語と親戚関係にあるような言語は確認されておらず、日本語とアイヌ語の同系関係はあるともいえない。つまり系統は不明というより他ないというのが現状だ。このようなアイヌ語の系統的な独立性は、人種の孤島説と考え合わせると興味深い。  もちろんアイヌ語には、歴史的に長い交流をもつ日本から日本語の伝播や借用があり、また北方の諸民族とのあいだにも語彙の借用がある。たとえば、日本人をさすアイヌ語の「シサム」は、サハリンのニヴフのほかアムール川下流域や沿海州のツングース諸言語に入っている。  中川裕は日本語とアイヌ語には同系性が認められないことを前提したうえで、構造的な類似性をもつアルタイ諸語、朝鮮語、日本語などを「アルタイ型言語」とよび、アイヌ語との関係を考察している。それによれば、アイヌ語はアルタイ語的な言語とはいえないが、アルタイ型の言語集団との交流によって語順をアルタイ語化させていった可能性がある。しかしその場合でも、その交流はアイヌ語の内部構造や音韻体系まで変化させるものではなかった。したがって、日本語などアルタイ型言語集団との接触は歴史的にそう古いことではない。  アイヌ語と縄文語の関係に踏み込んだ近年の業績として、アレキサンダー・ヴォヴィンの論考が注目される。  古代日本語にはアイヌ語からの借用語はほとんどないというのが定説だ。しかしヴォヴィンは、本州各地の地名のほか、『万葉集』の東歌と防人歌にみられる「しだ(時)」や『風土記』にみられる特殊な普通名詞や人名などをもとに、古代の東北、関東、中部、西北九州にアイヌ語の名残が残存していたことをのべ、アイヌ語はほんらい日本列島の全域に分布していた。つまり縄文語であった可能性を指摘した。  ヴォヴィンの解釈は魅力的だが、専門外の人間がその妥当性を判断するのはむずかしい。しかし弥生時代以降、大陸からの渡米集団と縄文系集団が同化して成立した本土日本人にたいして、北海道と沖縄には縄文系集団が残存したという、日本列島団形成の「二重構造モデル」を裏づけるかたちで、縄文語、アイヌ語、古代日本語三者の関係が具体的に提示された意義は大きい。    

沖縄と北海道の集団形歴史

 二重構造モデルでは沖縄の人びとは縄文系集団とされるしかし、琉球語は縄文語=アイヌ語ではなく、古代日本語を祖語として成立したものだ。古代日本語からの分岐時期は、言語学では8世紀以前と推定されている。  近年の考古学的な研究によれば、8~12世紀ころ本土から沖縄諸島へ農耕民の移住があり、縄文人の末裔である島の狩猟採集民はマイノリティとなって、この古代日本語集団に取り囲まれたと考えられている。遺伝的にも本土日本人的な構成が優勢になった。7世紀後葉から9世紀にかけて、北海道でも本土から  


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