知能検査

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2009年1月31日 (土) 02:19の版
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知能検査とは、知能を測定するための心理的検査のことを言い、実施目的は学習指導や就学指導、障害者認定や就職活動などがある。 検査結果の表示の仕方のうち、代表的なものが知能指数(=IQ)である。

知能検査の入手に関しては、日本心理検査協会倫理要綱で心理検査の散逸が規制されているため、一般的な知能検査の本体は医療・教育関係者や企業の人事担当者などの特定の相手のみに販売している。なお、検査実施方法も同様である場合が多いが、一部は一般書籍扱いで書店でも販売されている。

知能検査には100年ほどの歴史がある。当初は知的障害児を見分けるためのものであったが、集団式検査の開発により、様々な分野に用途が拡大していった。日本では1960年代頃から知能検査に対する激しい批判のために発展が妨げられていたという意見もある。 1905年、アルフレッド・ビネーとテオドール・シモンによって「知能測定尺度」が作成された。それ以前にも、フランシス・ゴルトンによる知能遺伝論やキャッテルによる知能を測定しようとする試みはあったが、広く受け入れられる検査法は確立していなかった。しかし、全員入学の学校制度が普及するにつれ、先天的に学力などで同年齢児に追い付けない児童の存在が問題となり、このためにフランスで「異常時教育の利点を確実にするための方法を考える委員会」が発足された。この委員であった心理学者アルフレッド・ビネーは、弟子のテオドール・シモンと協力して1905年に世界初の近代的知能検査を作成した。この時点では、まだ知能指数や知能年齢は使われず、発達が遅れているか否かのみを知るものだった。日本においてはビネーの初版発表からほどなくして紹介された。1908年に三宅鉱一が池田隆徳と連名で「知力測定」という論文の中で1905年版のビネー法を紹介し、また実際に児童に対して自作の検査を実施した。


日本での利用は、1947年に高等教育の学校の入学試験で行われたのが最初である。アメリカのSATを模範として、旧制官立学校の入学試験の一部として知能検査が行われた。この年は6万564人が受験した。この検査は1948年から進学適性検査と命名され、この年は13万7121人が受験した。1949年には新制大学で初めての入学試験が始まったが、この年以降、大学受験生全員が進学適性検査を受験することになった。ただし、この結果が本試験に影響する場合とそうでない場合があったらしいといわれている。この試験は、のちの脳研テスト、共通一次試験、現在の大学入試センター試験と同様な大学受験の一次試験であったが、知能検査的な性質が強かったといわれている。1954年には、その他様々な理由から進学適性検査が廃止された。その後も脳研テストなどを通し適性検査が行われてきたが、2002年には就学時健康診断で行われる知能検査が「適正な検査」と改められた。学校保健法施行規則の改正に伴い、知能検査に限定されていたものがそれ以外の適切な検査でもよいとされたのだが、実態はあまり変わらないという状況が続いている。


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