核家族
出典: Jinkawiki
2010年2月12日 (金) 07:39の版
アメリカの社会人類学者マードックの提唱した家族の概念で、典型的には1組の夫婦とその子どもたちからなる社会単位をさす。
この定義の源流は、20世紀前半に、進化論を批判して機能主義的人類学の道を拓いたマリノフスキーに求められる。19世紀の進化論者は、人類史の初期の段階では母系・母権制が支配的であり、家族は歴史的産物にすぎない、と考え、原始乱婚説や集団婚説も盛んに唱えていた。それに対してマリノフスキーは進化論的な家族諭、とくに原始乱婚説や集団婚説に反対し、個別的婚姻・個別的家族なる概念を唱導した。個別的婚姻とは、一人の男性と一人の女性との持続的な結びつきをさし、それにもとづいて、父・母・子からなる個別的家族が生じるとし、しかもその個別的家族は人間社会にとって、普遍的存在であると主張した。当時、アメリカでも社会人類学者のローウィ(R.H.Lowie)は、夫婦と未婚の子女からなる個別家族ははっきりと機能を果たす集団として、人間社会に絶対的に普遍的な存在である、と説いた。1949年に『社会構造』でマードックが展開した核家族論は、こうした一連の家族学説の延長線上にある。その著書のなかで、マードックは〈家族は居住の共同、経済的な協働、それから生殖によって特徴づけられる社会集団〉と規定した上で、家族の形態を3種に分類する。すなわち、核家族・複婚家族・拡大家族である。後2者の形態は複雑であって、たとえば複婚家族では一夫多妻婚や一妻多夫婚にもとづいているので、その構成は複雑になる。しかし彼によれば、その複婚家族も、また拡大家族も、分子のなかの原子のように、複数の核家族が結びついて、より大きな集合体をなしているにすぎないことになる。
このような核家族は強力な機能をもつ集団として、いかなる人間社会でも普遍的にみいだせる、と彼は主張する。マードックは核家族の固有な機能として、次の4点を指摘している。すなわち、①性的機能、②経済的機能、③生殖的機能、④教育的機能である。このうち、②がなければ社会は消滅し、①と③とがなければ生命自体が止まってしまい、④がないと文化は終わりを告げる、と説く。これらの4機能が核家族の普遍性を論証する手だてともされたのである。
しかし、家族の機能について、その後、何人もの論者によって批判が寄せられた、社会学者のパーソンズは、基本的にはマードックの核家族論を受け継ぎながらも、家族の機能については、次のようにいう。すなわち、子どもが自己の生まれついた社会のメンバーとなれるよう行われる基礎的な社会化と、社会の人びとのうち成人のパーソナリティの安定化、との2点である。家族の機能については、その後も多くの論争がみられ、マードックの四機能論は修正を余儀なくさせられている。さらに彼の主張した核家族の普遍性についても多くの疑問が投げ出されている。たとえば、マードックが核家族論を唱導する以前に、すでにリントンはインドのナヤール人の例を引き合いに出しながら、夫婦と子どもからなる家族のほかに、母と子および母の兄弟からなる母系家族の存在を指摘していたが、ガフも緻密にナヤール人の母系制の研究を試み、父は子に対して経済的・法的・道徳的・儀礼的義務を負っていなかった事実を論証した。レヴィも中国家族を論じたなかで、マードックやパーソンズの家族論を批判する。伝統中国では、子どもの社会化は夫婦単位でなされるのではなく、さらに大きな単位でなされ、核家族はなんら有意性をもたないと結論づけた。核家族をめぐる議題は1950年代から1970年代にかけて、にぎわいをみせたが、人間社会の家族のありかたは、あまりに多様で核家族論だけでは律し切れなかったのである。
≪参考文献≫
『核家族時代』 松原治郎著 日本放送出版協会 1969年
『現代核家族の風景』 家計経済研究所編 1991年
『社会構造』 マードック著/内藤莞爾監訳 新泉社 1978年