ウィキリークス3

出典: Jinkawiki

(版間での差分)

2012年8月11日 (土) 02:28の版

目次

なぜウィキリークスの息の根を止められないのか

ここまで世界的に影響を与えている「ウィキリークス」が「なぜつぶされないのか」「どうやって匿名性を保っているのか」という二つの疑問に対して、裏で使われているインターネットの基本技術を手がかりとして、技術的な視点から迫ってみる。


IPアドレスから逆探知して潰すことは可能か

まず、最も基本となる情報である「アドレス情報」には「IPアドレス」と「ドメイン名」という二つのアドレス情報が必要となる。IPアドレスは、インターネット上にある全ての端末(「端末」にはパソコンやiPhone/iPad/Android端末などのスマートフォン、サーバー、ルーターなどの通信機器が含まれる)にユニークなアドレス情報として割り当てられているもので、自分と通信相手の端末は、それぞれ異なるIPアドレスを使って通信する。全部のアドレスが使われているわけではないため、世界中でざっと40億個前後のIPアドレスがインターネットに直接接続している端末にそれぞれ割り当てられている。そのうちのどれか(一つとは限らない)のIPアドレスがウィキリークスのサーバーへアクセスするためのアドレスとして使われている。
もう一つのアドレス情報であるドメイン名は、ほとんどの人が日常的に目にしており、「www.×××.co.jp」のように、インターネット上にある端末やサービス、情報資源などを“人間にとってわかりやすい名前”として一意に識別するためのアドレス情報である。

IPアドレスやドメイン名は、インターネット上で決して重複しないように管理されて端末に割り当てられている。また、ウィキリークスにアクセスする際には、誰でも通信相手であるウィキリークスのドメイン名やIPアドレスを知ることが出来る。したがって、ウィキリークスのアドレスあるいはアドレスを使っている端末(サーバー)を差し押さえることにより、ウィキリークスを潰すことは可能なように思えるかもしれないが、実際はそうではない。それは、①アドレス情報から「物理的な実体」を逆探知することの難しさ、②アドレス情報同士が柔軟に紐つけられていること、③デジタルデータを複製して拡散させることの容易さ、④匿名性を確保できる通信技術の存在などといった技術的要素により、今のインターネットでは、「情報を握りつぶしたい側」より「情報をばらまく側」のほうが圧倒的に有利な立場でいられるからだ。

公開されているIPアドレスを基に、あるIPアドレスが使われている国などを割り出すのは簡単である。うまくいけば、どこの通信事業者(プロバイダなど)に割り当てたアドレスなのかも比較的簡単にわかる。具体的にwikilieaks.orgに対応するIPアドレスがどこの国かを調べてみると、「米国(US)」となっており、このIPアドレスを含むアドレスブロック(連続したIPアドレスの固まり)が割り当てられたのが「2010年4月5日」であることなどがわかる。しかし、IPアドレスだけを頼りに一般的な手立てで調べられるのはプロバイダや地域をある程度絞り込めるだけであって、少なくとも法治国家である限り、端末の具体的な所在地(回線の接続場所)や個人情報などの情報はおいそれとは入手できない。入手するには、その国の捜査機関などが正式な手続きを経て問い合わせるしかない。よって、たとえIPアドレスを知ったとしても即座に接続元を特定できるようなことはあり得ないのだ。また、IPアドレスから場所や契約者が特定できたとしても、明確な犯罪行為に使われていることなどが立証できない限り使用を差し止めるのはかなり難しいことなのだ。


「ミラーサイトの大増殖」で追いかける側が圧倒的不利に

 ウィキリークス本体をたたきつぶすのも難しいのに、さらに追いかける権力者側にとって形勢が不利に傾く出来事が2010年末に起こった。それは、「ミラーサイトの大増殖」である。ミラーサイトとは、ウィキリークスと同じコンテンツのコピーを公開しているサイトのこと。日々変わるため正確な数は把握できないが、ウィキリークス側が把握しているものだけで、世界中に少なくとも1000以上(ウィキリークスのサイトに、2010年12月21日更新の最新コンテンツを持つミラーサイトが1426個リストアップされている)のミラーサイトが存在する。ミラーサイトがこれほど短期間で増殖できたのは、言うまでもなく、紙の文書と異なり、デジタルデータが膨大な量を簡単かつ完全な形でコピーして短期間で配布できるという特徴を持つからだ。ウィキリークスのミラーサイトを立ち上げるのは、インターネットのサーバー運用について少し知識があれば非常に簡単である。さらに、ウィキリークスに自分のサーバーを登録することで、ウィキリークスからのコンテンツ配信などを受けられる「公式ミラーサイト」を作ることも可能になっている。ミラーサイトが爆発的に増えたことにより、米国政府などによるウィキリークスを潰そうという試みはほぼ完遂不可能になったといえるだろう。もはや本家が潰れても、誰でもちょっと検索すればミラーサイト経由で機密情報を入手し続けられるような状態にあるのだ。仮に、ウィキリークスの存在が世界的に違法と認定され、運営者が全て投獄されたとしても、こうした協力者がいる限り、コピーされたウィキリークスのコンテンツがインターネットから消えることはおそらく永遠にないだろう。


情報提供者の匿名性を保つために

 ウィキリークスという存在そのものをインターネットから追い出すのはきわめて難しく、ジュリアン・アサンジ氏を含むウィキリークス運営者をすべて逮捕するということも今の時点では出来ていない。ならばどうやってウィキリークスを潰すのか。考えられるのは、ウィキリークスそのものを潰すのではなく、ウィキリークスへ機密情報を提供するのは危険と思わせるなどして「干上がらせる」ことだ。もちろん、ウィキリークス側もこのことは心得ていて、情報提供者が匿名性を保ちながら安心して告発できるように工夫を凝らしている。

 ウィキリークスのサイトを見てみると、「Submissions」というページで情報の投稿に関する記述がある。そこには、投稿の方法や使っている技術、匿名性の確保などについて書かれている。ただし、同ページでは、2011年1月上旬現在、安全性や使い勝手の技術的改良のため、新たなタレコミの受付を停止しているとも書かれている。彼ら自身がそう説明している以上、現時点では匿名性を含む安全性は完璧ではないということだ。ウィキリークスに告発文書をアップロードする方法は、いくつか用意されている。最もおすすめであるとされているのが、彼らが開発した「匿名電子投書箱」(anonymous electronic drop box)と呼ぶシステムである。しかし、上記日時現在はシステムの改良中となっており、同システムを使った投稿用のリンクそのものが削除された状態で、現物を確認することはできないが、ウィキリークスによれば、アクセスした際に使われたウェブブラウザの種類やタイムゾーン情報(住んでいる地域がわかる)などまで含め、あらゆる情報を削除しているという。もちろん、受け取ったデータについては「軍規格水準」の暗号化を施し厳重に保管しているそうだ。

 ウィキリークスでは、この匿名電子投書箱システム以外にもいくつか匿名による投稿方法を用意している。その一つに、「Tor(トーア:The onion router)」という多段中断による匿名通信システムがある。TorはP2P(ピアツーピア)技術(ウェブ経由でダウンロードするよりもずっと短時間で効率よくデジタルデータのコピーを拡散させることが可能。一般に、P2Pでは配布元のサーバーを介さず、ユーザーのパソコン同士でのデータコピーも頻繁に行われるため、流通経路を追いかけることがより難しくなる。)を利用した多段中断システムで、相手との間で直接データをやり取りするのではなく、あらかじめインターネット上に設置されている中断ノード(Torノード)を複数経由させることで、匿名性を確保する仕組みになっている。通信データがTorノードを経由する度にサーバー間で別々の暗号化が施され、あたかもタマネギの皮のように暗号化が積み重なることからOnion(タマネギ)という名が付けられている。  Torを使うことによるメリットは、投稿者がウィキリークスに対して自分のIPアドレスなどを明かさずに匿名で情報を投稿できることである。ウィキリークスからは投稿者の端末のIPアドレスは見えず、最後に経由したTorノードが見えるだけ。しかも、経由するTorサーバーは通信する度に無作為に選ばれるため、経路を逆探知するのも難しい。  その他、匿名性を保つ情報投稿の受付方法として、暗号化メールも使っているようだ。投稿したいユーザーは「PGP(Pretty Good Privacy)」と呼ぶ公開鍵暗号に基づく暗号メールの仕組みを使い、投稿するデータを暗号化した状態でウィキリークスに送信する。この時、必要になるのはウィキリークスの「公開鍵」だけであり、投稿者は身元を特定されるような自分自身の暗号鍵を使う必要はない。相手の公開鍵で暗号化しておけば、公開鍵に対応した「秘密鍵」を持つ人物(この場合は当然ウィキリークス)だけが文書を復号出来る。一方的に情報を送るだけなら自分は正しいメールアドレスを使う必要はなく、迷惑メールと同じような要領で投稿できるのだ。なお、投稿者の匿名性を保つために接続元の情報を一切ログに残さないというのはウィキリークスが主張しているだけであり、本当に残されていないのかは、ジュリアン・アサンジ氏およびウィキリークスの運営メンバー以外確認しようがない。この点には注意が必要である。

 このようにウィキリークスは、インターネットの仕組みをうまく利用して生き延びており、これを追いかけて潰すことは難しく思える。潰せるとしたら、やはり、創設者を逮捕するなど、技術以外の方面からしかないだろう。


参考文献

ウィキリークスの衝撃-世界を揺るがす機密漏洩の正体- 〔菅原出著 日経BP社〕 ウィキリークスの時代 〔グレッグ・ミッチェル著/宮前ゆかり訳 岩波書店〕 ウィキリークスホームページ:wikileaks.org/


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