ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体
出典: Jinkawiki
2013年8月6日 (火) 01:26の版
ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体=ECSC(「欧州石炭鉄鋼共同体」ともいう)は、1951年4月のパリ条約で調印され、翌1952年8月に始動した。その後、2002年7月に50年の歴史を経て幕を閉じた。
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加盟国
欧州統合の最初の組織となったECSC設立条約に調印したのは、フランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6ヶ国である。この6ヶ国はEUの原加盟国と呼ばれる。イギリスは国家主権が束縛されることを嫌って参加しなかった。
構成
①最高機関(行政) ②諮問機関 ③閣僚理事会(立法) ④共同総会(立法) ⑤裁判所(司法) 独自に裁判所を備えたのは、最高機関が石炭、鉄鋼の生産や価格などの決定権を持つことに対し、同機関の決定によって利益を侵害された企業や個人は裁判で争うことができるようにしたためである。
鉄と鉄鋼の理由
①軍事産業への利便性 ②二者の技術面での類似性 ③基幹産業での利用目的 ④歴史的な結びつき ⑤景気変動に対する対応 しかし、石油産業の台頭によって、石炭産業は斜陽化していく。
概要
ECSCにおける最高機関は委員長のジャン・モネのリーダーシップによって運営された。活動基盤は、加盟国内の石炭と鉄鋼業の売り上げに最大1%の税金をかけて徴収する仕組みだった。これもEUのその後の財源徴収のモデルとなった。ECSCは発足翌年の1953年2月には石炭、鉄鉱石、屑鉄の共同市場を創設。さらにその3ヶ月後には鉄鋼の共同市場も動き出した。
スパーク委員会
1955年6月、ベネルクス3国の呼びかけによりイタリアのメッシーナで6ヶ国の外相会談が行われた。会議でスパークらは、各国経済の段階的統合と経済・財政・社会政策の漸進的な調和促進を求めた。その結果、スパークを議長とする政府間委員会が設けられた。 同委員会は1956年4月に「スパーク報告」をまとめ、EEC(欧州経済共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)結成を提言し、域内での関税緩和、域内での規制緩和、通貨の安定、資源の共同利用を目的として掲げ、原子力を除いては全面的に見直し、代わりに欧州全体を対象とした共同市場の創設を勧告した。