コカコーラ4

出典: Jinkawiki

(版間での差分)

最新版

 コカコーラ

 今年も、夏休みシーズンがやってきた。この季節には、海や山や川での野外活動や音楽フェスなどレジャーが目白押しだが、そういった楽しいひとときを彩る存在としてドリンクは欠かせない。

 7月からオンエアされているコカ・コーラのTV-CMの「Open Summer」篇は、“夏本番スタート!”のワクワク感をスタイリッシュな映像で描いたものだ。さまざまな夏のレジャーのひとコマや「You are my sunshine」のBGMなど、まさにこの時期にぴったりの内容である(7月27日からは『Mini Frisbee』篇がオンエアされるが、映像によって伝えられるメッセージは『OPEN SUMMER』篇と同様だ)。

 このTV-CM内に登場するモチーフは、海や川、花火にBBQ(バーベキュー)、そしてそれらをコカ・コーラとともに満喫する人びと。日本を舞台としたTV-CMではないが、世界中で理解されうる映像メッセージであり、TV-CMを見ると早く仕事を終わらせて外に出かけたい気分になってしまう。

 もちろん、コカ・コーラのTV-CMが夏のレジャーを描くのはこれが初めてではない。いや、むしろそれは“伝統”であり“お家芸”でさえある。そこで今回は、「さまざまなレジャーのシーン(楽しみ)のそばにあるコカ・コーラ」という視点に着目して、コカ・コーラのTV-CM史を振り返ってみたい。



 日本で初めてコカ・コーラのTV-CMが流れたのは1962年のこと(商品自体の初輸入は大正時代まで遡ると言われている)。コーラスグループ、フォー・コインズによる「コカ・コーラの唄」をBGMに使用したり、“若大将”のニックネームで当時の若者に絶大な人気を博した加山雄三氏を起用したりなどで、一躍大ブームを巻き起こした。


 60年代のアーカイブを見ると、半世紀も昔のことでありながら、夏の“定番”として今も私たちが親しんでいるさまざまなレジャーが、すでに当時のTV-CMシリーズの中で網羅されていることに驚く。

 サーフィンやボート、ジェットスキー、釣りといったマリンスポーツはもちろん、最近またブームになっている登山や花火大会、お祭り、音楽ライブなどだ。BBQのシーンも登場する。若者たちが仲間と一緒にそれらを楽しみ、ひと息入れるタイミングでコカ・コーラを飲む、といった具合だ。



 冬のシーンではスキーが登場(スノボは70年代)。さわやかな恋愛のシーンも描かれ、今にいたるユースカルチャーのツボをおさえた王道シリーズと言えそうだ。コカ・コーラに代表されるアメリカ発の文化に、多くの日本人が憧れていたのだろう。

 今との大きな違いはファッション(服装と髪型)くらいだろうか? もちろん、ケータイやスマートフォンは出てこないが、休日は海や山で過ごしたいというアウトドアへの憧れ自体は、昔も今も変わっていないようだ。

 レジャーのシーンもそうだが、コカ・コーラのボトルの栓を抜くときの“ポン”という音が気持ちいい。そのようなディテールからもCM制作者のこだわりが伝わってくる。CM内にインサートされるボトルのカットもとても美しく撮影されており、映像全体でさわやかなシズルを表現している。やはりコカ・コーラは「スカッとさわやか」なドリンクなのである。

 70年代に入ってもその路線は継承されるが、登場するレジャーはより洗練されていく。船を楽しむシーンでは、ヨット、ボートだけでなくカヌーや帆船、客船も描かれる。山や森のシーンでも、ピクニックで飲むというより、「キャンプの最中やバードウオッチンングを楽しんだ後で」というふうに変わる。時代とともに日本人の趣味が多様化していくさまがうかがえて興味深い。

 海外ロケを行ったものが増えるのもこの年代の特徴だ。ヨーロッパの町並みや世界的名峰の山頂、乗馬やハングライダー、F1サーキットの様子など、コカ・コーラのTV-CMはいつも新しい楽しみ(海外カルチャー)をいち早く伝えてくれるコンテンツでもあったのだろう。世界のコマーシャル史的にも名作とされる「Hill Top」篇(世界中の若者たちが丘の上に集って合唱する)は、この時期に日本でもオンエアされたが、その頃は「異文化交流」の言葉が一般的になった時代でもあった。

 コカ・コーラのCMを離れて70年代前半を振り返ると、その頃の日本社会は高度経済成長疲れの様相も示していた。そのような風潮を受け、「モーレツからビューティフルへ(富士ゼロックス)」「DISCOVER JAPAN(旧国鉄による日本のよさを再発見するキャンペーン)」、「気楽に行こう(モービル石油)」など、日本の広告は別の価値観へのシフトをはかり、それが世間にも受け入れられていた。

 それらのキャンペーンが素晴らしいのはもちろんだが、コカ・コーラはまた少し異なる角度から、「時代のHAPPINESSを追求していた」と筆者は考えている。具体的には、今にも脈々と続く、さわやかで、ポジティブで、明るいテイストだ。溢れる笑顔だ。

 80年代になるとコカ・コーラのCMにも少し変化の兆しが見られる。CMの舞台として、都会がよく採り上げられるようになるのだ。レジャーも描かれる一方で、職場のシーンが目立つようになるのもこの頃である。レジャーの場合も休日だけを描くのではなく、「仕事を終えたカップルが踊りに行く」といった設定がCMに採用される。

 この時期のコカ・コーラのCMには、スーツ姿のビジネスパーソンだけでなく、部活帰りの学生やエプロン姿の主婦層も描かれている。そして街角の自動販売機が登場する(瓶だけでなく缶やPETボトルもお目見えする)。第2回の原稿で筆者がイタリアの街角をレポートしたように、こうしてコカ・コーラは都会の風景となっていく。


話題を集めた2010年オンエアーの『ENJOY SUMMER』篇。壮大なる“ハピネス”を伝えた。


 90年代に入ると、シーンはさらに広がる。「図書館での勉強のあいま」を描いた名コマーシャルが生まれたのもこの頃である。コカ・コーラはハレ(レジャー)の場だけではなく、日常のドリンクとしても定着した。人々のライフスタイルと同様、コカ・コーラを飲むシーンの多様化も進んだのだろう。93年には、「Always Coca-Cola」という新スローガンも採用された。

 実はこれらの時期がちょうど筆者の小学生、中学生、高校生時代にあたるのだが(80年~90年代中頃まで)、それはコカ・コーラのPETボトルが自宅の冷蔵庫にストックされるようになっていくプロセスとも重なる。筆者の家だけかもしれないが、筆者の幼い頃のコカ・コーラは、誕生日や盆踊り、親戚が集まる日だけ飲むものとされていた。ちなみにこの時期、近所にコンビニエンスストアも増えていった。

 繰り返すようだが、時代は変われども「HAPPINESSのそばにいる」というブランドの根底の価値はなんら変わらない。いまTV-CMを見返すと、描かれているのが仕事中のシーンであっても本当にみんな楽しそうだ。いつの時代も笑顔はTV-CMの基本表現だが、それは心の底から湧き出しているようにさえ思えてしまう。

 90年代後半以降ライフスタイルの多様化は著しく進み、インターネットの普及で日々の情報量は爆発的に増加した。思うように好転しない経済状況もあいまってか、“みんなに共通のHAPPINESSな物語”を届けることのハードルはさらに高くなったかもしれない。一方で、“だからこそ変わらない”拠り所のようなものが求められてもいる。

 TV-CMヒストリーはブランドのストーリーでもある。冒頭に挙げた「OPEN SUMMER」篇がこの夏もオンエアされているように、コカ・コーラの広告の“原風景”は常にそこにある。




引用..http://www.cocacola.co.jp/stories/coca-colaadventure03 hn..banana


  人間科学大事典

    ---50音の分類リンク---
                  
                  
                  
                  
                  
                  
                  
                          
                  
          

  構成