台湾問題

出典: Jinkawiki

(版間での差分)

2015年7月31日 (金) 14:01の版

台湾問題  中国は台湾を反逆した省とみなしており、「1つの中国」原則を断固として主張している。第二次世界大戦の終結に際して、毛沢東の共産党軍が中国大陸を席巻すると、それに対峙する中国国民党勢力が台湾へ流入し、それ以来、台湾は名目以外の面では立派な主権国家であった。戦後ほとんとの期間、中国共産党と蒋介石総統率いる国民党の双方が、中国全体の正統的な支配政党てあると主張してきたので、「1つの中国」原則自体は決して深刻な争点ではなかった。争点は、中国を代表すると正しく主張しているのはどちらかという問題であった。国連での中国の代表権は、正式には中華民国として知られる台湾がもともとは保持していた。だが、1971年10月25日に可決された総会決議2758号は、中国の唯一合法な政府としての中華民国に対する承認を取り下げ、その直後に中華人民共和国がそれに取って代わったのである。  台湾政府が一方的に独立を宣言したことはないが、台湾は何年にもわたって国際認証を積極的に求めており、1991年以降は繰り返し国連参加を求めてきたが成功していない。  戦後3度にわたって深刻な国際危機が台湾海峡で発生した。1945~1955年に、共産党軍は国民党軍を大陸に接近する小さな諸島から放逐しようとした。共産党軍はいくつかの島を奪取するのには成功したものの、ほとんどの勢力を金門と馬祖に集中し、大規模な砲火を加えたが、陥落しなかった。中国は1958年に金門と馬祖への集中砲撃を再開したが!やはり成功しなかった。大3次台湾海峡危機では、中国は台湾総選挙に向かう台湾有権者を威嚇しようと、台湾に近い水域にミサイルを発射した。国民党総統の李登輝が再選すれば、1つの中国原則を放棄し、独立を一方的に宣言するだろうと、中国は確信していた。こうした不安は、現実にはならなかったが、中国の行動は逆効果をもたらし、李は大差で再選された。  これら3つの危機で、アメリカは断固として台湾を支援した。最初の2つの危機では、アメリカが核保有国であり、優位を保持していた。第3の危機では米中双方が核保有国であったが、アメリカがはるかに有力であり、戦争になったとしても制海権をあてにすることができた。中国の選択肢はきわめて限定的であった。  台湾の地位が未解決なため、台湾海峡は依然として危険な状態にある。台湾は一方的独立を主張していないものの、近年では、調査によると台湾人の間で「1つの中国」原則への支持は弱まっている。「1つの中国」原則は大陸中国の側では依然堅固で、分離は受け入れられない。台湾に分離独立を公式に認めれば、チベットや新彊での分離運動に正当性を与え、中国の唯一合法統治者としての中国共産党の地位を揺るがすことになると、中国政府は恐れている。中国は台湾に分離を許すよりも、武力行使する可能性が高く、これはアメリカとの紛争につながりかねない。したがって皮肉にも、米中は台湾の一方的独立を阻止することに強い利益を共有している。にもかかわらず、米中または台湾の指導者が相手の決意を過小評価して、将来の対立で強硬姿勢をとれば、台湾海峡は再び危険な状況になりうる。

参考文献: 『国際紛争 理論と歴史  ジョセフ・S.ナイ・ジュニア/著 デイヴィッド・A.ウェルチ/著 田中明彦/訳 村田晃嗣/訳 有斐閣 2013年04月 』     :( http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3704 2015.7.31)     :( http://www.special-warfare.net/database/101_archives/asia_01/chaina_01.html 2015.7.31)


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