ドイツの社会保障制度

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2019年1月17日 (木) 23:35の版

目次

ドイツの社会保障制度

ドイツの社会保障は歴史的には、1883年ビスマルクによって実施された「疾病保険法」に端を発するが、1919年のワイマール憲法では、その条項の中にいわゆる生存権が高らかに歌われている。すなわち、151条においては「経済生活の秩序は、すべての者に人間たる値にする生活を保障する目的をもつ正義の原則を適応しなければならない」とし、161条では「健康及び労働能力を維持し、母性を保護し、かつ老齢、虚弱、及び、生活の転換に備えるために、被保険者の適切な協力の下に、包括的保険制度」を設けると規定されている。しかし、この規定は国民の権利として生存権を保障するものではなかった。しかも、第二次世界大戦では、ヒットラー独裁政権の下、戦争国家(warfare state)を指向するという皮肉な結果を招くことになる。そして、このことが自由主義諸国に福祉国家(welfare state)を形成させる大きな要因になったことは周知のところである。
戦後ドイツは急速な工業化政策によって日本と同時高度な経済成長を遂げ、国民生活の水準を大幅に引き下げることになった。
現時点の制度の体系は、社会法典(SGB)及び関連法規に基づき、以下のような広範多岐にわたる諸制度から構成されている。
①年金保険
②疾病保険
③介護保険
④災害保険
⑤失業保険
⑥児童手当
⑦育児手当
⑧社会扶助
⑨失業扶助
⑩雇用促進
⑪職業訓練
⑫青少年扶助
⑬母性保護
⑭戦争犠牲者援護
⑮公衆保健・医療
⑯環境政策
⑰その他関連施策
エスピン=アンデルセンの福祉資本主義の類似論によると、ドイツの社会保障定型は「保守的コーポラティズム」のカテゴリーに属し、北欧型の福祉国家とは異なる形態を取っている。これはかつてのビスマルク統治下における、社会保険により国家の体制維持と国民生活の安定を図る、いわゆる「飴と鞭」の施策から、第一次世界大戦後は社会福祉の公的制度化が推進されることになったが、連邦国家の特色である洲分権主義の考え方が基礎となり、社会保障には、中央政府が直接関与せず、各州やそれ以下の自治体の責任において管理運営される。これは社会保障の財源基盤となる各種金庫に見られるように団体自治の原理に従って運営されている。
このように、ドイツでは、社会連帯による経済社会の統治と国民生活の安心・安全という方向が模索されており、社会保障は国家の給付という恩恵的施策ではなく、社会連帯の一環としての位置付けと機能を有し、所得の移転という角度から見ると、いわば「タテの再分配」を基軸にする「福祉国家」方式というよりも、相互連帯を基盤とする社会保険方式によって、「所得のヨコの再分配」を基軸とする、いわゆる「福祉社会」を目指していると言える。
一方、ドイツの民間福祉施策として、宗教的基盤を持つ伝統的な教会税による公共施設への配分・支援や宗教的な理由をもつ「良心的な兵役忌避者」に対して、高齢者や障害者施設や福祉サービスなどに直接参加することによって、兵役を免れることができる制度がある。

年金保険

年金はいずれの国においても老後における所得保障の中核をなす制度であり、この国においてもさまざまな課題を抱え、運用上さまざまな問題に直面することになっている。特に高齢化の急速な進捗、少子化の進行、移住者の所得保障などとともに保険財政が窮迫しつつあり、先進国が共通して抱える課題にここでも直面している。
この制度はドイツ年金保険、鉱山・鉄道・海上年金保険及び農業者扶助などから構成され、対象者は強制加入としているが、一定条件を満たす者については、加入義務は免除されたり、任意加入、あるいは任意高額加入を認めている。統計によると、2004年末時点で、
①ドイツ年金保険加入者5142万人
②鉱山・鉄道・海上年金保険15万人
③農業老齢扶助30万人
となっているが、①及び②においては、高齢、障害、遺族の各年金のほかリハビリテーション給付が実施されている。又、③では老齢手当、リハビリテーション給付、農地譲渡年金等が給付される。
一方、年金受給年齢は減速65歳で、加入期間が5年以上と短いが、その期間が35年以上の場合、受給年齢は63歳以上、失業や重度障害のときは60歳以上であるが、早期退職者の受給年齢は徐々に引き上げられつつある。
他方、保険料は、①の制度の場合、労使折半が原則であり、2007年現在19.5%、②の制度の場合は、被用者9.75%、雇用主16.15%で、25.9%となっている。③の制度の場合、農業老齢扶助は定額負担とし、失業者の場合は、両地域の給付比率が約10:8.6となっている。
年金の財源は被保険者の保険料が80%を占め、連邦補助金が残り(20%)を負担するが、高齢化の進行とともに、また長寿化が進むに従って連邦補助の増額をしないと収支均衡の原則が難しい状況が予測されている。事前積み立て方式は、1957年以降、完全賦課方式となっている。又、これと並行して企業年金制度や個人や自営業者が加入する保険に対して税制上の優遇措置を講じて老後に備えるモデルが実施されている。
日本の場合と比較して、ドイツでは先述のように国民すべての年金保険加入を義務付けてはいないが、日本のように国民皆年金制度を採用しても保険料未納者が大量に存在し、又、保険の行政管理のあり方に多くの不備と欠陥が露呈し、国民からの年金制度に対する不信と不安を一層喚起している。他方、受給年齢は徐々に先送りされているところが共通しており、2012年から2035年にかけて支給開始年齢を段階的に1か月ずつ引き下げることになっている。高齢化による受給者の増加と長寿化による受給期間の長期化現象が見られ、年金財政を圧迫している点と少子化に伴う、年金保険料の拠出額の漸減と給付額の膨張による年金基金・金庫の窮迫が懸念されているところである。さらにジェンダーの視点からは、社会保険としての年金は雇用関係と賃金を基礎にした保険料の拠出が大きな要因となり、雇用条件の劣悪性、男女の賃金格差、出産育児などによる就労期間の問題等をもろに反映することになり、年金受給の内容をめぐって女性の長寿化傾向と受給期間の長期化も加わり、所得保障にも男女格差が生じている。
一方、いまひとつ「イニシアティブ50プラス」と呼ばれる施策によって高齢者の雇用環境の改善が図られているが、次第にウエルフェアからワークフェア(workfare)への方向が模索されつつある。ここでも男性の勤労機会とりわけ男性雇用型レジームが根強く、女性の条件は不利に作用することが今後とも予測され、「雇用におけるジェンダー主流化」が重要な緊急課題となろう。

疾病保険

ドイツではビスマルクの時代から疾病保険は社会保障の中核施策としての歴史を持っているが、この保険は一般労働者、職員等を対象とする一般疾病保険(AKV)と自営農業者等を対象とする農業者疾病保険から構成されている。前者は年収が一定水準以下の職員・労働者、職業訓練生、失業者、作家芸術家、福祉工場で働く障害者、国立・高等教育学校の学生、外国人を含めた年金受給者をカバーし、これらを強制参加させている。他方、一定所得を超える職員・労働者公務員、軍人、牧師、勤労学生自営業者、短期間就労者は強制加入の対象外となっている。後者の農業者疾病保険は自営農林業者とその家族及び老齢引退者を強制加入にしている。加入者総数は、前者が7049万人で総人口の約79%を占め、後者は32万人(2006年現在)であり、これ以外の未加入者は民間疾病保険に加入している。保険料負担である料率は前者が13.35%、後者の一定所得以下の者の保険料は使用者が全額負担するようになっている。一方、一定所得以上の者が公的疾病保険に加入しない場合、それに相当する額の2分の1を使用者が援助することになっている。失業者の負担は連邦雇用庁が全額負担し、年金受給者の負担は本人と保険者が折半することになっている。このように保険料の負担のあり方は日本とは異なり、多様な仕組みで運用されている。
保険財政は労使、自営業の保険料、連邦雇用庁補助金と年金保険者繰り入れ保険料からなっているが、保険料率は各金庫ごとに定められており、当事者自治のもとに運営されている。
他方、給付内容については、日本と同様極めて複雑な給付形態となっており、詳述は別の機会にするが、給付内容としては、医療給付、予防給付、リハビリテーション給付、在宅介護給付などがあり、原則として、現物給付であり、一部償還払いを選択することもでき、また給付率は被保険者及び、家族は10割であるが、入院や薬剤給付については一部負担がある。
ドイツの場合、疾患保険の運営は多様な金庫によってなされているが、近年疾病金庫の統廃合により、その数は年々減少傾向にある。
いずれにしてもドイツは世界でも医療制度が最も整備されている国の一つと言われているが、それでも更なる改革の必要が認識され、2007年に保険改革法が可決された。その中心となるのが保険基金の創設であり、2009年からは、疾病保険(GKV)の保険料が統一され、加入疾病金庫はどの被保険者からも保険料を受け取ることができるようになる。疾病金庫への税財源の投入が始まり、無拠出の児童の医療給付を行うものであり、連邦からの財政支援が増加し、総額140億ユーロが予定され、これによって2009年からは、国民のすべての疾病保険加入義務が課せられる。
この点日本における医療費抑制策とは異なるとともに被保険者の自己負担の増大が懸念されるとは対照的である。
ここでも疾病保険が社会保険として位置づけられている限り、女性の雇用条件、賃金格差、出産に伴うリスクの保障、育児休暇をめぐる問題など多くの点で不利な条件の改善と不利益の保障をいかに進めていくかが当面の課題となっている。

介護保険

ドイツでは1995年より介護保険法が実施されているが、日本はすべての国民の強い関心ごととして社会問題化してくる中で、さまざまな方策施策のうちから、社会保険方式を選択し制度化した。日本では、ドイツの方式をモデルにしながら、現行介護保険法を2000年から実施したものである。その意味で介護保険はドイツを規範とし、運用管理法の方式はイギリスのケアマネジメント方式を採用し、今日に至っている。
ドイツの介護保険の適用対象は疾病保険とほぼ同じであるが、任意疾病保険加入者には介護保険への加入が義務付けられている。ただし民間疾病保険加入者で、民間介護保険に加入している者は免除されることになっている。2006年現在、公的介護保険の加入している者は家族も含めて、7052万人となっている。保険料率は1996年までは、1.0%であったが、その後引き上げられて1.7%となっている。これは2005年から在宅介護給付が開始されたことによるものとされ、保険料の負担は労使折半である。
ドイツの場合、給付は在宅と施設の介護が対象であるが、日本とは異なり、3つの給付形態がある。つまり現物給付と現金給付の選択が可能であり、さらには両給付の組み合わせでも受給できるし、補助具などの給付も受けられる。又、社会扶助受給者はこの制度からの援助があり、認知症など全般的な介護が必要な対象者には、補完給付が与えられる。受給者は当初から現金給付を受ける傾向にあり、発足当時約82%の者が現金給付を受けていたが、施設介護給付が開始されて以来、やや減少している。それでも受給者のうち、約77%が現金給付を選択している。2006年の時点で、公的介護受給者数は195万人、施設介護受給者は約64万人である。
日本と同様介護職員の不足とともに介護サービスの質的低下が課題となっており、介護職専門職制度、高齢者施設改良法などの立法措置を講じて、対策に乗り出している。ちなみに介護事業者数は2004年現在で、1万6000カ所、施設数は9200カ所である。ちなみに介護事業者数は2004年現在で、1万6000カ所、施設数は9200カ所である。また1999年以降保険財政が赤字となり、保険料の引き上げがここでも大きな課題となっている。日本の場合と比較して、要介護者が給付に際して圧倒的に現金給付を選択しており、その裁量が当事者に委ねられているところが特徴であり、選択の余地を広げている。日本の場合、給付額と女性の低賃金との関連で介護を家庭で実施することが有利になることが懸念され、女性の社会的進出を現金給付が阻むおそれがあることから、現物給付に限定しているところが特色である。当面日本の場合、介護サービスの担い手である介護労働者の離職と求人難が重なり、供給側がサービス給付の制約をせざるを得ない現状があり、介護報酬の引き下げとともに介護サービスの供給不足は深刻で、このままでは介護保険制度自体が崩壊するのではないかと懸念されるところである。
一方、介護問題は「男性は外、女性は内という性別分業観」あるいはジェンダー秩序が残在するドイツでは、介護の担い手は女性である傾向が強く、男性雇用保証型レジームとして、「男性稼ぎ主型」が変革されない限り、保険制度としての介護保険制度をもって、家族機能を補完する役割を果たせても「介護の社会化」の達成には多くの課題が残されている。

失業保険・失業扶助

このところのグローバル化の現象は経済不況とともに深刻な失業問題を喚起し、国境越えて広がりを見せている。特に若年層の失業は大きな社会問題となっている。ドイツにおいては2005年ごろの失業率11.1%に比較して2006年末には、400万人で率にして9.6%とかなり減少し、若年失業者もやや減ってきている。
ドイツの失業保険(日本の雇用保険に相当)は雇用保険法に基づき失業扶助、職業訓練、雇用促進対策等とともに失業・雇用対策の一環をなしている。適用対象者は疾病保険とほぼ同じくすべての雇用者及び職業訓練生である。保険料率は保険料算定報酬限度額に準拠するが、原則として老年折半で6.5%である。ただし、報酬限度額には旧西ドイツと旧東ドイツでは年額に差がある。また、65歳以上の高齢自営業者、年金受給者、雇用主、公務員、職業軍人、短気就労者などは保険料納付から免除される。
給付は失業手当、操業短縮手当及びいわゆる季節失業による悪天候手当からなり、純報酬額の60%が、また有志失業者には67%が支給されるが、支給期間は第1日目から15~52週間支給される。ただし、65歳以上の者には適用されない。保険財源は保険料と連邦補助金よりまかなわれるが、管理運用は疾病保険金庫で行われている。一方、失業保険の要件を満たすことができない者あるいは支給期限が過ぎている者については、失業扶助が支給される。内容は順報酬額の56%、有子失業者の場合、63%が支給され、特に給付期間には制限はないが、65歳以上のものには給付されない。この扶助の財源はすべて連邦政府が負担するが、東西の地域に失業者の格差があり、とりわけ旧東ドイツにおける失業問題は深刻であり、失業者の増大に伴う政府の過重な負担が問題となっている。
このように失業保険は時々の経済の動向、雇用の情勢に大きく左右されるところであるが、他方では雇用機会の拡大や雇用の促進、職業訓練の整備などが関連する施策であり、経済的保障のみでは限界があり、関連施策との有機的連携が不可欠である。さらに今日日本でもニートやフリーターと称せられる人々への対策が漸く実施の緒に就いたばかりであり、雇用への動機づけ、新職種の開発、新しい職種への教育訓練など雇用を促進するための諸対策が緊急の課題となっている点では、両国に共通するところである。
ドイツでは男女共生社会の実現に向けての施策が進められるようになっているが、「雇用におけるジェンダーの主流化」が声高に叫ばれているが、労働分野における女性の立場の脆弱さが反映して失業期間の長短においても女性の立場は予断を許さない状況であるといわれている。

社会扶助

社会扶助は国によって呼称は異なるが、国民の最低生活を保証するとともに人間の尊厳を守り、それに相応しい生の営みを可能にするものでなくてはならない。加えて可能な限り扶助に依存することなく、生活能力を獲得し、自立ができるよう支援することにある。この制度は日本の生活保護法に相当するものである。ドイツの場合、この扶助は生計扶助の特別補助からなり、特に特別は、教育扶助、医療扶助、在宅扶助などが含まれている。ちなみに日本の場合、生活、住宅、教育、医療、出産、介護、生業、葬祭の8つの扶助があることは周知のところであろう。
扶助基準(日本の場合、保護基準に相当)は州ごとに決定され、毎年改正されることになっているため、地域によってかなり大きな差があるが、これは生活水準や物価など消費面における地域間格差があることから、日本の場合でも、級地制度を設定している。受給者総数は2004年の時点で、239万人であり、総人口8259万人(保護率28.9パミール)であったが、2004年に「労働市場近代化法」(第4次)が施行されたため、大部分のものが「求職者基礎保障」の適用を受けることになり、給付対象が一時的未就労者、長期療養者、早期退職した少額年金受給者等に限定されることになった。その結果、2005年末には、受給者はわずか8万1000人となった。
社会扶助の財源は州と市町村によって負担され、運営は市、郡、町村、および町村連合によって実施されている。

児童手当

児童手当に関連する名称は国によって異なるが、これは子どもの出生に伴う養育費などが家計を圧迫し、家庭の生活水準が低下することによって子どもの養育に支障が出ないようにすることから、家族手当の名称を使用することもある。また、子供の平等な育成を図るための支援策と位置づけることもできる。さらに少子化による人口減対策としても自由に子どもを生み育てるための条件の一つとして位置づけているところもある。
ドイツでは通常、16歳未満の子どもを持つ家庭に対して一定額の手当が支給される。第1子及び第2子と以下第3子、第4子にそれぞれ支給額は増幅されるが、月額11ユーロから175ユーロが支給される。なお、年金までは労災保険の年金受給者については、児童加算を受給しているときには、受給資格はない。この手当の財源は全国国庫負担でまかなわれるが、運用は児童手当金庫によって実施されている。受給対象児童は2004年時点で1526万人である。
これに関連して、ドイツでは子どもを持つことに消極的な男女に対し、前向きに取り組む施策の一環として、従来の育児手当に加えて、2007年から「両親手当」が支給されている。この制度は親が育児のために休職する場合、どちらか一方の親に1年間、これまでの手取り収入の67%相当の額を税財源から支給するものである。この制度は育児休暇の取得を容易にするとともに仕事と育児の両立を狙いとするものである。また、育児期間中子どもの誕生後1年間から最長3年間、職場での労働を一定免除される仕組みも父母にとって大きな助けになっている。
少子・人口減社会を迎えようとしている日本では、小額の児童手当、窮屈な育児休暇の取得、保育施設の不備など安心して子どもを生み、育てる環境の整備が緊急の課題となっており、仕事と職業生活の両立を支援する国家プロジェクトを推進しようとしているドイツの事例に学ぶべきものが多いといわなければならない。

参考文献

冨士谷あつ子・伊藤公雄(2009)「日本・ドイツ・イタリア 超少子高齢社会からの脱却 ―家族・社会・文化とジェンダー制作」明石書店

H.N ときあ


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