狛犬

出典: Jinkawiki

(版間での差分)

最新版

 昔、高麗から渡来したとされる獣。一般的には、神社や寺院にある一対の獅子に似た獣の像を指す。片方が口を開け(阿)、もう片方が口を閉じた(吽)表情をしている。


 古代の日本には、仏教とともに獅子が入ってきた。奈良時代から平安時代には、特に空海・最澄によって天台・真言の両派が日本仏教の主流になったが、上杉(2001)によれば、この密教の仏像の中には獣座に座すものが多いという。『五部心観』では中尊の盧遮那如来は獅子に乗り、阿閦如来は象、阿弥陀如来は孔雀、宝生如来は馬、不空成就如来は鵬(金翅鳥)に乗っている。このほか獅子に乗っている仏たちは、文殊菩薩、獅子吼観音、阿摩羅観音、無垢虚空蔵菩薩、愛染明王(四面獅子)、不動明王、矜加羅童子、羅刹天など非常に多い。このほかにも馬、龍、牛(水牛)、羊、亀、鹿、猪、虎、狗などのさまざまな獣と、これらに乗っているそれぞれの仏の特性との間に、何か深い縁が感じられるのは面白いことである。獅子については、獅子が百獣の王であるように、仏も一切の生き物の王者であるという意味が充てられていたためだと考えられている。(そのため、仏の座席は「獅子座」とも呼ばれていた。)今日でも使用されている、高僧に対する「猊下」という敬称。その「猊」という字は獅子を意味し、もともとは仏教の獅子座からきた言葉であるというのは、意外に知られていない。このように(人の知る・知らないにはかかわらず)仏教と獅子との繋がりは強く、日本でいえば、古墳時代に建立された法隆寺の玉虫厨子の密陀絵(漆絵)には、既に一対の獅子が描かれている。さらに、752(天宝勝宝4)年に完成した東大寺の大仏殿の前庭の金銅八角灯籠の扉にも、4頭の獅子が透かし彫りされているのが見て取れる。東大寺には、この他にも白石製の獅子・牛・兎の置物(鎮子)が奉納された。


 平安時代には、寺院の他に天皇・皇后などの御所の置物として、木製の獅子・狛犬の像1対が置かれるようになった。形式としては、向かって右側の獅子は金色で口を開き、左側の狛犬は白色で口を閉じて、頭に角があるのが普通であった。これは御所の魔除けと、御帳台(ベッド)の周りの几帳(カーテン)や敷物が風で飛ばないように重し(鎮子)として使われたものであるとの二つの用途があったとされる。前記した、東大寺に奉納された鎮子はこのような用途に使われたものであると考えられている。1039年には、天皇が伊勢神宮に金銀の獅子・狛犬を奉納した。  平安時代の末に書かれた『類聚雑用抄』の「后宮御料 用浜床物云々」の註には「左獅子 於色黄 口開 右胡麻犬 於色白 不開口在角」とあり、御所の置物として恐ろしい顔つきの獅子と狛犬が描かれている。しかしこの絵では、右は獅子の姿に見えるが、左は犬には見えない。頭の角、長いひげ、蛇腹のような長い首、牛馬のような蹄は、どれをとっても、もはや「犬」ではない。


 狛犬のモデルは、犬ではなくて麒麟だという説がある。10世紀中頃に成立した『延喜式』によれば、麒麟は生き物を食べず、生草を踏まないので、慈愛の心がある「仁獣」と考えられ、成人君主がこの世に現れると姿を見せると信じられていた。狛犬に角があるのは、そのモデルが麒麟であったからだという。しかしそれがなぜ「狛犬」と呼ばれるようになったのかは、その説によれば定かではない。  鎌倉時代末の『徒然草』には、丹波国の出雲大社の前に獅子と狛犬があると書かれている。また、戦国時代には戦勝を祈願して狛犬を神社に奉納する武将もいたとされる。御所や寺社の室内の置物が、神社の境内の守護獣に変化したのだと考えられる。


 江戸時代になると、庶民が狛犬を神社に寄付するようになり、参拝者の目につく参道に置かれるようになった。また、日本固有の思想を明らかにしようとした国学者たちは狛犬の由来を『古事記』などの神話・伝説から説明するようになった。たとえば神代の昔、山幸彦が海神からもらった潮満玉・潮干玉で兄の海幸彦を降伏させたが、その後、海幸彦の子孫である隼人は朝廷の儀式のたびに、犬の鳴き声をして奉仕したのが狛犬の起源だという説がある。また、神功皇后が朝鮮に出兵して、高麗王は日本の番犬だと宣言したのが狛犬の期限であるという説もある。このような国学者の説に影響されて、獅子を狛犬(実は麒麟)は両方とも獅子と呼ばれたり、狛犬と呼ばれるようになったりしたのだとされる。

 寺社の入り口で何気なく目にする二体一対の像にも、そこに座すまでの経緯・意味が内包されている。



高校日本史B 実教出版

上杉千郷 2001 狛犬事典 戎光祥出版


  人間科学大事典

    ---50音の分類リンク---
                  
                  
                  
                  
                  
                  
                  
                          
                  
          

  構成