ナチズムと教育
出典: Jinkawiki
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ナチズムとは
1920年代から第二次世界大戦の終結まで、ドイツの民族運動を指導し、33年以後は政権を担当した「国民社会主義ドイツ労働者党」(略称ナチス、ナチ党)の思想原理。この時期にイタリアや日本でも登場したファシズム、全体主義の一種。したがって、ナチズムは、ファシズムに共通の性格をもち、反個人主義、反自由主義、反民主主義、反議会主義、反社会主義、反マルクス主義などを標榜(ひょうぼう)するとともに、国家すなわちファシズム政権が政治・経済のあらゆる面にわたってコントロールすること、また国益が私益に絶対的に優位することを主張する。しかし、ナチズムの特色は、とくにその民族の概念にみられる。ナチ党の「血と大地」「血の純潔」「ゲルマン民族の優秀性」という民族概念は、国内的にはユダヤ人排撃の思想となり、対外的には他民族を侵略してその支配下に置かんとする軍国主義を正当化する思想となった。
ナチズムのユダヤ人迫害
ユダヤ人に対する差別と迫害の歴史は、古くて長い。歴史上、最初に確認される迫害は、紀元前13世紀の『出エジプト』である。その詳細は、旧約聖書の『出エジプト記』に記されているが、チャールトン ヘストン主演の映画『十戒』で、日本でも知られるようになった。この頃、ユダヤ人の一部はエジプトの地で暮らしていたが、すでにエジプト新王国による差別と迫害を受けていた。 そして1930年代、歴史上最も有名なユダヤ人迫害が起こる。ナチス政権による迫害である。『ナチス=ヒトラー=ユダヤ人迫害』という図式は、新しい世紀が始まった今でも色あせてはいない。この時のユダヤ人迫害は、1933年頃からはじまったが、初めは宗教というより、むしろ人種的理由によっていた。1850年代、フランスの外交官で文筆家でもあったゴビノーは、人種的な優劣を論じた『人種不平等論』を発表、その中で、アーリヤ人種こそ、他のあらゆる人種に優越すると主張した。そもそも、DNAの構造が解明されたのは1953年であり、ゴビノーの説に科学的根拠があったわけではない。また、アーリア人とは、中央アジアで遊牧をしていた民が紀元前1500年以降、西北インドやイランに進出した人々をさし、人種としてのアーリヤ人が存在するわけではない。にもかかわらず、ナチス政権は、この書をユダヤ人への差別と迫害を正統化するためのバイブルとして利用した。これに、先の宗教的な憎しみも加わり、単なる差別から、迫害、虐殺へとエスカレートしたのである。
ナチズムによる教育への影響
ヒトラーの『わが闘争』によれば、教育は「最良の人種的要素の保存、扶養、発展」そして国家の価値ある成員へと訓練することを目的としており、精神と身体と性格を関係づけて形成するだけでなく、スポーツと歴史教育を重視して、「祖国の教育の最高の学校」としての陸軍へと方向づけるように規定されている。ナチス・ドイツ国家にとって価値ある成員を増大させ、ファシズム的な民族共同体に不可欠な前提として捉えられたのが、「人種の健全さと純血性」であることは、ユダヤ人迫害での人種差別で表わされている。 ヒトラーが政権を獲得した1933年の春と夏に公布されたのが、すべての学科の中心科目としての遺伝子学と人種学であり、遺伝子学と人種学がすべての学科目の基本原理に捉えられたのである。人種の純粋さと心身的健康を結合するヒトラーの教育プログラムは、心身の鍛練のために体育教育を重視して午前と午後にそれぞれ一時間を割り当て、学問を価値の低いものとみなした。体育の内容には、攻撃的精神と迅速な決断力、そして強靭な肉体を促進するためにボクシングに特別な意義を認めている。 教育の使命が青少年を軍隊的教育で鍛えるためにあるとされ、彼らを立派な兵士に変えるものとして学校も犠牲にされた。そこでは、指導者ー従者の関係という思想が確実に浸透していくことによって、学校は命令と服従の原理を絶対的・無条件的なものとして生徒たちに受け入れさせる軍隊国家体制として機能するのである。
増渕幸男著 『ナチズムと教育』 東信堂