南南問題
出典: Jinkawiki
1、南南問題とは
1970年代以降に発展途上国の間で、中進国(新興工業諸国 NICS)と最貧国(MSAC)、産油国と非産油国との間に格差が拡大した。また、工業化と輸出産業を中心に高い経済成長率を達成している諸国NIES(新興工業経済地域)などの国々や資源を有効に活用している国々と、発展がまだ見られない国々との間の経済格差が広がっている。これが「南南問題」である。 資源問題がクローズアップされた時期に、産油国は資源ナショナリズムの高揚によって先進国から有利な条件を勝ち取り、国民経済の発展条件を大幅に改善できた。だが、非産油発展途上国は石油価格の高騰によって打撃を受け、“南”の内部で資源国と非資源国の利害が対立している。このように,“南”の分化現象は利害関係の多様化を生み,連帯と結束を多様化し,途上国間の調整と統合を難しいものにしている。
2、歴史と時代的背景
1950年代末~1960年初頭 資源ナショナリズム
を背景に国際情勢が変化した。1960年石油輸出国機構成立、1962年には国際連合において天然資源に対する恒久主権の権利が宣言されるに至って、南北問題に対する一応の対策が施されることとなった。石油輸出国機構による原油価格のコントロールは次第に有効化し、1973年には中東戦争の余波から起こったオイルショックにより原油価格が世界経済への大きな影響力を示すことが実証された。これにより産油国の国際的地位は急上昇し、こうした国際情勢の中で多くの資源保有国は連携し、各種資源の囲い込みを始めた。石油以外にも銅、ボーキサイト、鉄、天然ゴムなどの輸出国機構が林立した。一方で資源に恵まれない国、技術的に資源採掘が難しい国ではこうした恩恵にあずかれないという事態に陥った。これがもともとの南南問題である。
1980年代における南南問題は資源を持つ国、持たざる国の格差という問題からNIEsなど、人件費の安さと工業技術力の発展をもとに経済成長した国と経済成長がかなわなかった国との格差という問題にフォーカスが移りつつある。これは南北問題の対策として先進国が行なって来た開発途上国に対する支援が、一応の成果として国際経済に反映した結果とも言えるが、その一方で南南問題はより深刻化する様相を呈している。特にサハラ砂漠より南のアフリカ地方、東南アジアの一部においては政情不安も手伝って、経済的な自立がままならない国がある(後発開発途上国参照)。またオセアニアや西インド諸島の小さな島国においてはそもそも人的資源にも乏しく、工業発展用のインフラすら未整備という実情がある(小島嶼開発途上国参照)。ラテンアメリカ諸国には経済発展はとげたものの、後の国内政治が不安定で経済的に足踏み状態の国もある。
[引用・参考文献]
川田 侃『南北問題』1977,東京大学出版会
斎藤優編『南北問題』1982,有斐閣
http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/gendai/88-tojyoukoku.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%8D%97%E5%95%8F%E9%A1%8C