ベトナム戦争41
出典: Jinkawiki
1. ベトナム戦争の勃発
アメリカ・ソ連による冷戦の影響を受け、ベトナムでは戦後南と北に分断されていた。 北側は、ソ連の援助を受け共産党政権によって支配されていた。他方、南部ではアメリ カが援助しており、戦後東西に分断されたドイツのような状況が生まれてしまった。1 965年、北ベトナムの共産政権が、南に及ぶことを強く警戒したアメリカは、ベトナ ム全土の共産化は、東南アジアの共産化につながるという「ドミノ理論」を根拠にして 北ベトナム攻撃を決意し、1964年の「トンキン湾事件」を口実に1965年に北爆 を開始し、全面的な戦争に突入した。
2. 戦争の終結
この戦争は、東西冷戦の中で最も激しいものとなった。しかし、アメリカ軍の軍事力に対 してベトナムの民衆はゲリラ戦で対抗した。そのため、最初はアメリカ優勢の状況が次第 に逆転、さらには、アメリカ国内や世界各地での反戦運動によりアメリカの批判が高まっ ていった。その中1972年にアメリカのニクソン大統領がベトナム戦争の収束をねらい、 中国に電撃訪問、続いてソ連も訪問して大国間による話し合いが始まった。また、196 8年の5月から行われていたパリ和平会議の舞台裏では、アメリカのキッシンジャーとベ トナムのレ=ドグ=ドによる秘密交渉が行われ、ようやく1973年に1月にベトナム和 平協定が成立して、3月にアメリカのベトナム撤退が開始された。
3. ベトナムの統一
アメリカ軍が撤退したものの、依然ベトナムでは北ベトナム側のサイゴン政権と南ベトナ ム側による解放前線による権力争いは続いていた。この戦闘の結果、1975年4月に、 ホー=チ=ミン作戦によって首都サイゴンが陥落して南ベトナム政府は崩壊しベトナム 戦争は終結、ベトナムの独立と南北統一が実現した。