途上国の教育
出典: Jinkawiki
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発展途上国の教育。様々な機関の援助努力により、途上国の教育状況は改善されてきたが、依然として1億1300万人の不就学者児童と1億5000万人の小学校中退者が存在しており、不就学児童の3分の2は女性という深刻な状況にある。
目次 |
教育の量的拡大における課題①
1990年代以降、初等教育の就学者数はめざましく増加したが、多くの国はいまだに教育への普遍的かつ公正な参加という目標の達成には至っていない。各国の純就学率を基に、途上国を地域別・教育普及段階別に分類したデータ(2000年)によると、アジア、中南米、大洋州といった地域を中心に全体の67.9%にあたる74カ国において純就学率が8割を超えるようになったことが分かる。一方、アフリカ全域と中近東、南西アジア、ヨーロッパの一部地域においてはいまだ児童の就学に問題をかかえている国が多く、17.4%にあたる19カ国で純就学率が6割以下となっている。これらの国では家庭の貧困、学校の不足、子どもの家事労働への従事、保護者・コミュニティの教育への関心の低さ、女子への就学制限などが就学阻害要因として存在しており就学促進へ向けてこれらの問題解決が急務となっている。中でも、女子への就学制限は「家事手伝いなどの労働に従事しなくてはならない」、「文化的・宗教的価値観により女子の学校教育参加が認められない」、「経済的余裕がない家庭では男子の教育が優先される」などが主な要因とされ、教育における深刻な男女格差を発生させている。しかし、女子教育は乳幼児死亡率や妊娠婦死亡率などの改善影響を与えるといった効果が認められるにつれ、教育のみならず国家開発においても最重要課題として認識されるようになってきた。現在では、各援助機関により女子教育支援が積極的に実施されているものの、教育における男女格差の解決にはさらなる努力が必要とされている。 一方、中南米地域を中心に全体の26.6%にあたる29カ国では純就学率は95%を超えており、Last5%の子どもの就学をどう達成させるかに教育開発の焦点が当てられている。不就学層の多くが、へき地の子ども、少数民族の子ども、障害児など、地理的・経済的・社会的・文化的な背景から就学難児童・生徒であることから、彼らに対する教育機会の提供は容易ではなく、これらの国々ではこのような子どもが就学できるようなきめ細かな就学促進策が必要となっている。
教育の量的拡大における課題②
教育の量的課題には就学以外にも課題が存在する。多くの途上国では、家庭の貧困により授業料が払い続けられない、家計を支えるために働かなくてはならない、進級試験に合格できない、学校のカリキュラムなどの様々な理由によってせっかく入学しても、留年や中途退学をする子どもが後を絶たない。しかしながら、初等教育課程を修了させるための有効な対策が講じられていないことが多い。低所得国においては初等教育の修了率は69%と低く、特にサブサハラ・アフリカ地域においては半数近くの児童が初等教育を修了できていない状況にある。また、南アジア地域では、男女間において20%以上の格差が存在している。
教育の質的向上における問題
教育環境は、教育の質うぃ向上させていく上で重要な要素となる。しかしながら、多くの途上国では、劣悪な施設設備、教科書・教材の不足、教員数の不足など、脆弱な教育環境下での教育活動を余儀なくされている。さらに、予定外の休校や教員の欠勤などにより、実際の授業時間数の損失が極めて大きいことも、子どもの学習を阻害する主要因となっている。 このような教育環境の未整備とともに、教育内容における問題も無視できない。子どもの成長段階や生活環境への結びつきを無視した教科書編成など、教育課程(カリキュラム)に問題を抱えている途上国は多く、一貫性のない教科書による学習は、子どもの適切な学力形成を阻む要因となっている。また、途上国では、教員の一方的な講義や暗記中心の授業など、児童・生徒の授業への主体的な参加があまり見られない場合が多く、子どもの興味・関心を引き出し、学習成果を高めるために効果的な指導方法(指導計画)のあり方が模索されている。 また、教育の質を左右する重要な要素として、教員がある。途上国では、教員の雇用が就学者の急増に追いつかず、教員数が不足している。その要因として、教員の地位・待遇が低く、優秀な人材が集まりにくい状況にあることなどが挙げられる。教員不足のため、無資格教員が教鞭をとっていたり、指導力のない教員により授業が実施されるなどの問題を抱えている。特に南アジアにおいて教員の不足は深刻であり、教員1人あたりに児童数は66人と高い。また、アラブ・北アフリカ諸国では24%の教員が無資格で教壇に立っている。 中等教育以上の学歴を有する教員の比率は徐々に増加しているが、教員養成大学などの養成機関に入学しても、教育課程の不備により、教育学的知識・技能が適切に習得されていない場合が多く、教員養成の制度的改善が必須である。 このように途上国では、無資格教員が授業を行っていたり、免許を有している教員でも教授能力の強化が必要であることが共通課題として認識されているが、研修のシステムやカリキュラムの未整備などに多くの問題を抱えており、子どもの学習の質を高めるためにも現職教員の研修を充実させることが重要視されている。また、教育予算の制限などにより行政が提供できる研修機会が限られていく状況下では、スクール・クラスター制を導入するなど、地域レベルで教員自らが同僚の教員と協働して効果的な授業実践を図る授業研究のような新しい研修形態を積極的に取り入れることが求められている。
識字率と教育
教育は、途上国の発展にとっては欠かし得ない有力な武器である、こういう認識が定着したのは、1960年前後からである。 一つの国の教育水準を見るのに「読み書き能力」(成人識字率)が使われるが、最近この数字と経済の水準(1人当たりのGNP )を比べてみて目を引く点がある。それは「発展」と「教育」の相関性に合致しない国がいくつかあるという点である。具体的には、経済の水準は低いが、読み書き能力が非常に高い国は、ミャンマー、タンザニア、ベトナム、スリランカの諸国である。このうち、タンザニアの水準が高いのは国の識字政策の結果であろうし、ミャンマー、ベトナム、スリランカは歴史的・宗教的伝統に基づく結果だろう。次いでイスラーム諸国の「読み書き能力」の低さである。産油国の1人当たりGNPが特別に高いのは別にしても、国連統計に表れるイスラーム地域の「読み書き能力」はかなり低いのである(イスラーム教徒にとってより重要なのは、暗記能力である) 同じような考慮は、自分達の書き言葉をもたないアフリカについても払うべきであろう。アフリカの子どもは、「聴く」こととそれを「話す」ことがかなり巧みである。 途上国の識字率は、この20年間に49.5%から65%(1990年)に上がった。さらに93年には68.8%になった。これは学校教育の普及と識字教室の増大によるものであるが、一方、「学歴社会」の波は、有名校へ行くころとが出世のパスポートである現象が途上国にも及んできた。事実、タンザニアにも塾があり、ケニアの予備校は超満員である。
識字率の現状
発展途上国の非識字率は急カーブで低下してきた。これは独立後の学校教育の普及によるものであるが、しかし、非識字者の数そのものは逆に増大している。同時に学齢に達していながら不就学の子どもが約1億2000万人、将来の非識字率の低下を妨げる要因となっている。国連によって1990年が「国際識字年」とされたのもこの実情があるからであり、それを受けタイ国のジョムティエンにおいて「万人のための世界教育会議」が開催され、Education for All(EFA)の決議がなされた。これは2000年までに非識字を撲滅したい、そのために基礎教育(初等教育、成人教育)を徹底したいという決意であるが、現実はなまやさしいものではない。小学校中退者や小学校へ行く機会のなかった大人に識字教育を行わなければならない問題がある。識字は人間の権利であり、自己防衛の方策である。また、識字は自己能力の開発を行い、社会経済の発展の基本条件の整備を行うことも可能にするのである。
識字率に影響されるもの
識字率を向上させるものは、何よりも小学校教育の普及である。軍隊、教会、生産活動等の社会活動への参加も識字力獲得にとって有用であるが、小学校教育への参加がその基礎である。識字は歴史と伝統の中から出てきたものである。さらに経済の水準(産業化の程度)に左右されるところも大きい。特に、「宗教文化」と「経済水準」は識字率への影響が大きいと言われている。
「宗教文化」
アフリカの子どもたちは、聴くこととそれを人に伝えることが巧みである。文字情報の少ない社会の知恵といってもよい。中東・アラブのイスラーム地位ではさらに「聴く」能力が重要さを増す。字の読み書きできないこと(非識字率)はただちに「無学」とは言えない。聴くことによって記憶の倉庫の中に驚くほどの知識がストックされている。 宗教文化圏の違いによる識字率の比較をすると、明らかにイスラーム圏の識字率が仏教圏に比べて低い。驚くほどの記憶力でコーランや詩句を暗記している人たちが、読み書きの「識字率」では低い数値となる。このように、宗教文化の違いが、そのまま識字率へ影響を及ぼしている。
「経済水準」
識字は宗教文化の場合と同様、社会の一表徴である。そして識字は社会の国家政策や経済水準と対応するものである。学校教育→識字向上→人的能力開発→経済発展という図式がある一方、経済停滞→財政不足→学校教育阻害→識字率低下という図式もある。つまり識字と経済水準との間には相互関係がある。経済水準の高い国はおおむね識字率が高く、逆に識字率の高い国はおおむね経済水準も高い。これは、発展途上国の成人識字率の推移と経済水準の調査からも、10年間隔で識字率と経済水準の相互関係が維持されていることが分かっている。
教育マネジメントの改善における課題
現在、多くの途上国では教育行政における地方分権化が推進されており、州・郡・県レベル以下の教育行政機関への権限委譲、学校の裁量権の拡大、地域社会との連携の強化などの措置が施行されている。しかし、新しい取り組みがなされる一方で、関連法規の整備は遅々として進まず、行政組織も効率的に機能しているとはいえない。教育計画の策定や実施を適切に遂行できている人材の数や能力も不足しており、必要な施設や資機材も十分整備されていないなど問題が山積している。また、経済停滞や債務超過により教育財政は行き詰っている。教員給与などの経常支出が拡大傾向にある一方、教育開発予算は慢性的に不足しており、それらは効果的な教育政策の実施を阻む要因となっている。 昨今の地方分権化の流れを受けて学校単位の主体的な教育改善の必要性が叫ばれているが、学校によってその経営状況や校長のリーダーシップに差が見られ、教育環境に学校間格差が生じている。しかしながら、校長を対象とする学校経営改善のための研修も十分に整備できていない状況であり、効率的・効果的な学校経営を行うための体制整備や校長の経営能力の改善が必須とされている。
日本と途上国における教育問題の共通性
JICAの調査研究報告書(1997、1998)を基に教育開発上の問題点との共通性を検討したところ、かつて途上国であった日本が抱えていた教育問題と現在の途上国が抱えている教育問題との間には高い共通性があることが明らかになった。とりわけ、日本が近代学校教育制度の導入時期に直面した問題、例えば保護者が学校教育や教員に対して無理解・非協力的であること、子どもが労働力として期待されていることなど、地域社会、家庭、児童、生徒に内在する問題や、学校施設・教育用備品などが不足しているという教育インフラ整備の問題、教育内容と国民の生活実態が乖離していた、優秀な教員がいなかったことなど、教育の内容や質にかかわる問題等においては、極めて高い共通性が見られた。教育行財政に関する問題については、教育予算に占める人件費が高いなどの共通性がある一方、日本では一貫性のある教育政策・計画が存在し、自主財源による予算の確保とその責任ある運用を行ってきたことなどは途上国とは異なっており、日本の教育開発の特徴であると言える。
日本の教育に関する援助の取り組み
1960年代以降、日本は高等教育や職業訓練を中心に、専門家派遣、プロジェクト方式技術協力、青年海外協力隊派遣、無償資金協力による施設建設や機材供与、研修員受け入れ、留学生受け入れなどの教育協力事業を展開してきた。 JICAは1990年以降、世界的な基礎教育支援の流れを受けて、1992年の「開発と教育分野別援助研究会」、1996年の「DAC新開発戦略援助研究会」などの研究会を設置し、基礎教育支援のあり方について議論を行ってきた。これを踏まえ、2002年に作成された『開発課題に対する効果的アプローチ 基礎教育』報告書では、途上国が抱えている基礎教育の課題とそれに対するアプローチを総合的・体系的に整理した「開発課題体系図」を作成し、5つの開発戦略目標を設定した。JICAの基礎教育分野への支援としては、従来、学校建設や機材供与などのインフラ整備や教員養成・研修を中心とした理数科教育改善プロジェクトなどが実施されてきた。また、少数ながらも男女格差是正のための女子教育への協力やへき地教育施設の整備なども実施されている。これらに加え、近年、教育の地方分権化の流れを受けて、地方教育財政能力や学校の管理運営能力の改善といった教育マネジメントの改善を目指した協力やNGOとの連携による識字教育の振興などが新しく試みられており、教育協力の形態が多様化している。
参考文献
『日本の教育経験 ―途上国の教育開発を考える―』 独立行政法人 国際協力機構(JICA) 編著 東信堂(2005年)
『発展途上国の教育と学校』 豊田俊雄 著 明石書店(1998年)
ハンドルネーム:coz