イングリッシュオンリー運動

出典: Jinkawiki

2010年2月13日 (土) 01:23 の版; 最新版を表示
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イングリッシュオンリー運動

アメリカ合衆国もイギリスと同様に、国家の公用語に関する法的な文章が存在しない。ただし州レベルでは英語を公用語とする州や英語とスペイン語を公用語と明文的に定める州もある。初期の頃は西ヨーロッパ系の移民が多く、英語優位の状況が確保されていたが、次第に東欧・南欧系が増え、さらにアジア・中南米からの移民が大量に押し寄せてくると、英語の地位が揺るぎかねないといった風潮が英語話者の間で生まれてくる。このことを、イングリッシュオンリー運動という。いずれにしても英語が国家の言語(英語)として通用しているのは事実で、英語教育の分野においては「バイリンガル英語教育かモノリンガル英語教育か」といった趣旨の問題がたびたび持ち出される。


運動がもたらす影響性

・移民の言語能力への影響

イングリッシュ・オンリーの提唱者たちは、その主張の正当性を証明するための方策の1つとして、移民に対するバイリンガル教育の非有効性を主張してきた。例えば、それがあたかも移民のためであるかを強調するために、英語教育のみを受けた子供の能力の伸長がバイリンガル教育を受けた子供のそれに勝っているというデータを次々と公表し、移民たちにも自分の子供たちに英語のみを学ばせることの有効性を理解させようとした。しかし、先にも述べたように、実際にはそれらのデータは妥当性のないものや都合のよいものだけを取り上げたと思われるものがほとんどであった。逆に、より客観的な立場に立つ言語学者からは、移民たちの母語を維持しながら英語教育を行った方が、英語能力の伸長も大きいというような報告が相次いでいる。例えば、スペイン語を母語とする移民のバイリンガル教育についてでは、「両言語の使用の均衡がとれたバイリンガル・メソッドが、またバイリンガルのクラスの方が、英語のみの伝統的な教育より、英語の会話理解力において、それぞれ大きな伸びを示していた。」という報告がある。また、「非言語的また言語的テストの両方においてバイリンガルの方がモノリンガルより高得点をマークした。」という報告もあり、カナダにおけるバイリンガル教育の実験をとおして「母語維持が additive form の方向性でなされる限りバイリンガルであることがより成熟した学業達成、第二言語の習得そして社会性につながる」という考えにも繋がった。  したがって、移民がアメリカ社会において経済的利益を得るために必要な英語を習得させるためには、むしろバイリンガル教育の方が有効であって、それを否定することの方が非効率な結果を招くことにになるわけである。

・移民のアイデンティティーへの影響

イングリッシュ・オンリーの提唱者たちは、それが移民の言語能力に与える影響の他にもう1つ大きな問題を見過ごしている。それは、移民のアイデンティティーに対する影響である。イングリッシュ・オンリーは実質的に移民の母語を否定することになるが、それは同時に移民がこれまで培ってきた自分の文化や習慣、ひいては個人の存在さえも否定することになるのである。つまり、移民はイングリッシュ・オンリーの政策下では民族の尊厳を冒されて生活することになるのである。人は、一般的に周囲の人間から期待されたり、信頼されたり、認められたりしたときに成就感や意欲をもつ。しかし、イングリッシュ・オンリーは自分の母語という文化を否定されるので、これとはまったく正反対の逆効果を生むことになる。当然、学業面にもそれが表れることが予想され、イングリッシュ・オンリーの教育をいきなり受けた児童の多くがドロップ・アウトするのは、ここに大きな原因があるといえる。 この点についても、多くの言語学者や社会学者が「~語オンリー」へ異を唱える報告をしている。松久(1982)はメキシコにおける先住民族(インディヘナス)への「スパニッシュ・オンリー」教育の問題点について、「大部分の子供は(学校への)入学時、ほとんどスペイン語を理解できないにも関わらず、教授用語はスペイン語しか使われず、インディヘナスの子供たちは、教師やメスティソの子供との接触の中で「インディオ」であることへの劣等感を形成される。」と指摘している。また、日本のアイヌ民族の問題についても、「アイヌの人たちの民族としての誇りが尊重される社会の実現と我が国の多様な文化の一層の発展に寄与することを目的として」設立された「アイヌ文化振興・研究推進機構」が、アイヌ語の普及を図るためにラジオ講座を始めたという点に、「日本語オンリー」という現状についての彼らの民族アイデンティティーに対する考えが見える。 したがって、「~語オンリー」という政策は、移民の民族としての尊厳を冒す可能性が高く、彼らを効果的に同化させるにはあまりにもリスクが大きい方法といえる。


参考文献 

「メキシコにおける二重言語・文化教育の動向」 松久玲子著 「アメリカにおける文化的多元主義と社会科教育」 森茂岳雄著


  人間科学大事典

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