イラク2
出典: Jinkawiki
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国名:イラク共和国
人工:2880万人(2005年時点)
首都:バグダード
主要言語:アラビア語、クルド語
宗教:イスラム教97 % (シーア派60 % -65 % 、スンニ派32 % -37 % )キリスト教他 3 %(2004年時点)
面積:約43.74万平方キロメートル(日本の約1.2倍)
通貨:イラク・ディナール
アジア南西部の共和国。日本の奄美諸島から北関東とほぼ同緯度の北緯30度から37度の間に位置し、北はトルコ、南はサウジアラビアとクウェート、西はシリアとヨルダン、東はイランを境を接する。メソポタミア文明の故地として知られる。
自然
トルコ東部に発する手グリス、ユーフラテス川とによって作られる沖積平野が国土の4分の1を占めるが、北部のチグリス川とその支流小ザーブ川の上流、および北東のザグロス山脈に連なるイランとの国境地帯は、山岳地帯である。また、西部はシリアとサウジアラビアにまたがる砂漠で、国土の約半分を占める。チグリス、ユーフラテス両川はバグダード以南で極端に平野になり、特にナーシりーヤ、アマーラ、、クルナ間ノ広大な地域で湖水・湿地帯を作り、クルナで合流してからはシャット・アルアラ川となってペルシャ湾に注ぐ。 気候は3つに分かれ、北部山岳地帯は地中海性気候で年間400~1000㎜程度、山岳地帯と砂漠の間、沖積平野はステップ気候で200~400㎜の降水量がある。しかし国土の7割が熱帯砂漠性気候で、降水量は50~200㎜である。降雨のほとんどが冬季に集中し、またトルコ山岳部の春先の雪解け水が流入するため、毎年チグリス川は4月、ユーフラテス川は5月に増水の頂点に達し、しばしば洪水を引き起こしてきた。気温は、北部山岳地帯委では夏でも35度を超えないが、砂漠性気候の地域では45~50度となる。
歴史
技術的にも世界の他地域に先行していたといわれるメソポタミア文明から始まる。 紀元前4000年ごろから数々の王国や王朝がこのメソポタミア地方を支配してきた。
その後西暦634年あたりからイスラム帝国の支配下となる。このころからアラブ人により「イラク(イラーク)」という名がつくようになり、8世紀にはアッバース朝のカリフがバグダードに都を造営。アッバース朝が滅びるまでイスラム世界の精神的中心として栄えた。 1258年にバグダードがモンゴルのフレグ・ハンによって征服され、最終的にこの地域はオスマン帝国の統治下に入る。 第一次世界大戦末、イギリスとフランスはオスマン帝国とサイクス・ピコ協定などを結び、現在のイラクにあたる地域はイギリスの勢力圏と定められた。 ハーシム王家により1932年にはイラク王国として独立を達成。
参考文献:世界大百科事典(平凡社、2009年三訂版)
参考サイト:http://www.iraq-jccme.jp/basic/linksForBasedata.php