日本の道徳教育
出典: Jinkawiki
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学校教育においての道徳教育の位置づけ
学校教育において、道徳教育とは、
「人間が本来もっているような願いやよりよい生き方を求め実践する人間の育成を目指し、その基盤となる道徳性を養う教育活動である。」
(「小学校学習指導要領解説 道徳編」 平成20年8月 文部科学省)
という認識で捉えられている。またその意義としては、教育基本法第1条に規定されており、道徳教育は人格の形成の基本にかかわるものである。
「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。」
(「教育基本法(教育の目的)第1条」)
教育課程では、道徳教育の目標を達成させるために、「道徳の時間」という教科外の特設時間で教育活動を展開している。
「道徳の時間」設置の変遷
「道徳の時間」が新設されたのは昭和33年の学習指導要領改訂時である。学習指導要領に示された道徳教育・「道徳の時間」の目標は以下の通りである。
「人間尊重の精神を一貫して失わず、この精神を、家庭・学校その他各自がその一員であるそれぞれの社会の具体的な生活の中に生かし、個性豊かな文化の創造と民主的な国家および社会の発展に努め、進んで平和的な国際社会に貢献できる日本人を育成することを目標とする」
(「小学校学習指導要領 道徳編 昭和33年」)
その時の基本的な内容としては、児童生徒が道徳教育の目標である道徳性を自覚できるように計画性のある指導の機会を与えること・他の教育活動と道徳指導とを密接な関係で保つこと・児童生徒に望ましい道徳的習慣、心情、判断力を養うこと、道徳的実践力を養うこと、などであった。また、指導は学級担任が行い、常に教師と児童生徒がお互いに人格の完成を目指して活動するという態度が大切であるとされた。また、その充実のために、「道徳の時間」を教科とするのではなく、「教科以外の活動」と位置づけられた「特別教育活動(現特別活動)」の時間から毎週1時間を費やしていた。
昭和43年の学習指導要領改訂では、基本的な内容や教育的役割には大きな変更はなかった。しかし、目標に「道徳性を養う」という語を新たに入れた。
(「~(中略)進んで平和的な国際社会に貢献できる日本人を育成することを目標とするため、その基盤として道徳性を養うことを目標とする。」)
(「小学校学習指導要領 道徳編 昭和42年」)
また、道徳教育の研究授業等で「道徳の時間」の重要性が認識されてきたが、修身科の復活として揶揄する声や、生徒指導(生活指導)で道徳教育はできるため、「道徳の時間」は不要だ、という反対立場の意見者達もいた。全ての学校で「道徳の時間」が実質的に行われていたわけではない。
昭和51年12月には、教育課程審議会が「教育課程の基準の改善について」(答申)で、
「小学校及び中学校における実際の指導に当たっては、校内における人間関係を深め、かつ、日常生活におけるしつけの指導をはじめとする道徳的な実践の指導を充実させることなどに特に留意しなければならない。」
と述べた。この答申に基づき、昭和52年に学習指導要領は改訂された。道徳教育については、総則で「道徳教育の実践力の育成」が道徳教育の目標として挙げられた。これは、「ひとりひとりの児童が道徳的諸価値を自己の自覚として主体的に把握し、将来出会うであろう様々な場面、状況においても、価値を実現するための最も適切な行為を選択し実践することが可能となる内面的資質」(「小学校指導書 道徳編」より)と解釈された。
昭和60年から、62年にかけて臨時教育審議会と教育課程審議会は21世紀を視野に入れた教育改革を答申として出した。この2つの答申に共通していることは、日本の社会大きな変換期において、それに対応できる自主的な能力をもった人間の育成、豊かな心をもち、たくましく生きる人間の育成、個性重視の教育、国際理解と我が国の伝統・文化を尊重する態度の育成、などである。それに伴い,平成元年には5回目の学習指導要領が改訂された。 道徳教育は教育活動全体を使って実施すること、特設扱いで担任教諭が指導することは変わらず、道徳教育の目標として「生命に対する畏敬の念」や「主体性」のある日本人の育成について、などが新しい文言として入った。また、それを受けて「道徳の時間」の目標「道徳的心情を豊かにすること」が強調された。
そして、平成10年の改訂では、ボランティア活動や自然体験などの豊かな体験や道徳的実践を充実させることを道徳教育の目標とした。また、「道徳の時間」においては、体験活動を生かした教材・指導法の開発や活用が一層促進された。また、地域や家庭の人々の参加や協力についても示された。
現在の「道徳の時間」
平成20年の改訂された学習指導要領で、道徳教育の目標は以下の通りである。
① 人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を培うこと
② 豊かな心をはぐくむこと
③ 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し、個性豊かな文化の創造を図る人間を育成すること
④ 公共の精神を尊び、民主的な社会及び国家の発展に努める人間を育成すること
⑤ 他国を尊重し、国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献する人間を育成すること
⑥ 未来を拓く主体性のある日本人を育成すること
⑦ ①~⑥を支える資質の基盤となるように、道徳性(道徳的心情・道徳的判断力・道徳的実践意欲と態度)を養うこと
(「小学校学習指導要領解説 道徳編」より、P24~参照)
また、「道徳の時間」の目標としては、以下の通りである。
① 計画的、発展的に指導すること
② 学校の教育活動全体で行う道徳教育を補充、深化、統合すること
③ 道徳的価値の自覚及び自己の生き方について考えを深めること
④ 道徳的実践力(道徳性を包括するもの)を育成すること
(「小学校学習指導要領解説 道徳編」P29~より)
また、道徳教育を一層充実させるために、「道徳教育推進教師」を中心に道徳教育を展開することを明確化した。
「道徳の教科化」の対する問題点
一方で、「道徳を教科化」することへの問題点もある。 教育再生実行会議の提言は「学校や教員によって指導の内容や方法の充実度に差がある」状況を変えるために、道徳の時間を小中学校で週に1時間設ける、としている。だが、教師の中には「教科化する必要はない」と考えている教師もいるだろう。「道徳の時間」が教科でないことが問題ではないからだ。 必要なのは、名称を「道徳科」に変えることではなく、今ある「道徳の授業」をより充実させ、子どもの心と体に響く効果あるものにしていくことである。そのための具体策を構想、実行する取り組みなくして、実態は変わらない。 実行会議が打ち出す道徳の教科化は教育現場から生まれたものではない。子どもと向き合って授業をしているのは、教育長でも首長でも実行会議のメンバーでもない。現場の教師だ。よって、教師に道徳の授業を構想・展開する力量をつけることが重要だ。特定の方法を絶対視し、それ以外のやり方はダメというやり方では豊かな実践は生まれない。教師の意欲的・創造的・挑戦的な試みを推奨する風土を教育現場でつくる必要がある。政府にはその後押しこそすべきだ。教育現場を動かし、変えるためには、教育の最前線に立つ教師たちが「よし、やるぞ」という意識が必要なのである。
参考文献
小寺正一・藤永芳純 編 世界思想者『道徳教育を学ぶ人のために』
「小学校学習指導要領解説 道徳編」文部省・文部科学省(昭和33~平成20年)