フィンランドのドラマ教育
出典: Jinkawiki
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フィンランドのドラマ教育 始めに ドラマ教育は、子どもの豊かな表現力、感受性、人間関係力、そして自信と自尊感情を育てることをねらいとして、グループで多様な即興表現を行わせる教育活動である。したがって、劇場の舞台で長い台本に基づいて演劇を行う力を育てるシアター教育とは異なっている。つまり、前者が、比較的短いシナリオでグループによる即興的な創意工夫の積み上げや高め合いを大切にするのに対して、後者は、舞台演劇の基礎となる表現技能をしっかりと身につけさせるとともに、照明、衣装、舞台装置などに関する知識や技能の育成まで幅広くカバーしていることが特徴となっている。ただし、イメージ構成力や作品理解力、そしてティームワーク力の育成等の教育目標においては共通点も多い。 ドラマ教育でねらいとする力は、数種類存在する。その中でも、「心ほぐしと体ほぐし」は、つけたい力よりも生み出したい状態であるが、子どもたちのこわばった心と体を、笑いと拍手と多様な身体運動でリラックスさせて、心と体の柔軟性を生み出すことが最も大切な狙いとなる。そして、最終的には表現や人間関係に自信をもって、自己と 他者を同様に尊重する心を育てることをねらいとしたい。 カリキュラム構成の側面から見てみると、ドラマ教育では、次のような7つの活動の要素をバランスよく取り入れる。
① ウォーミングアップ
これは、カリキュラムの初めに位置付けるだけではなく、毎時間ごとに必要な慣らし運転の活動である。例えば、部屋中に散らばって意中の2人と正三角形を作るように動く「正三角形」というアクティビティーや、教師があらかじめ決めておいた子どもが鬼となってウィンクを投げかけて受けた方が倒れていく「ウィンク」、ペアになって1人の動きをもう1人が正確にまわる「ミラー」などがある。さらに、5人ほどのグループで、目を閉じた子どもが最初に握手した人を、グループ全員の中からもう1度握手をして探し出す「ファインド」という楽しい活動もある。どの活動も、関係性の基礎や他者理解の基礎感覚を育てるためにも必要なものである。 もっと基礎的な活動としては、1人で取り組むタイプのものが数多くある。例えば、華麗な演奏を空想の音楽に応じて繰り広げる「ピアニスト」、青空に向かって上がり棒を上がっていく「モンキー」、楽しい時や悲しい時の感情を大胆に顔で表す。「フェイス」そして、足に付いたゴミをはらいのける役を演じる「ラビッシュ」などがある。このような活動を通すことで、少しずつ子どもたちの心と体がほぐれて、体と感覚が緩まり、豊かな表現と友達との肯定的な人間関係の土壌が作られる。
② 信頼関係の基礎活動
次に、もう少しレベルを上げて、友達との信頼関係を醸成する基礎的な活動をやってみたい。例えば、3人一組になって真ん中による友達を振り子にしてゆっくりと押し合う「振り子」や、少し高いところから6人ほどの友達が作った腕枕に飛び込む「シャンプ」などがある。 これは、集中力を養うとともに、友達の気配を感じる力や、友達と軽いスキンシップをとりながら信頼し合う心を育てることが狙いである。
③ 協力によるティーム活動
さらにレベルを上げて、グループでの協力性の基礎を養う活動を位置づけたい。 例えば、6人程度のグループで人差し指だけ支えたフラフープを下していく「フラフープ」や、6人ほどのグループで重ならないように数を数えていく「カウントアップ」などがある。少し、即興表現的な要素を入れて、6人ほどのグループでお題として与えられた動物の動きをジェスチャーでまねて伝えていく「ジェスチャーころがし」というアクティビティーもある。
④ 瞬間的即興表現
ここからがドラマの要素となる表現活動の基礎練習になっている。あまり深く考えたり計画したりせずに、瞬間的に表現することが求められる。ただし、あくまでもシアター教育ではないので、表現技巧のためのトレーニングよりも、イメージの豊かさによる即興表現の楽しさを大切にしたい。例えば、様々な状況の違いを演じ分ける。「パントマイム」や、全員で輪になってイメージをつくって歩く「ウォーク」、ペアになって次々と発射する単語に瞬間的になりきる「イメージラッシュ」、車に乗り込んで来た人のキャラクターを乗客が瞬時に演じる「ヒッチハイカー」そして、重さや形が違う物体を投げ合う「スローイング」などがある。 もう少し工夫をしたものとしては、無意味語を使って動作をだけで状況を演じ分ける「シバリッシュ」や、初めに演じている人の動作を順につないでストーリーを即興的に展開させていく。
⑤ 準備した即興表現
ここまでの基礎体験が積み上がってくれば、もう少し即興表現に場面や状況の条件を加えて、さらにグループでのプランニングやリハーサルにあてる準備活動の時間(10分程度)を与えると、だんだんドラマらしくなっている。例えば、自分が彫刻家になったつもりで友達を思い通りに銅像にしてみたり、4人ほどのグループで額縁の中の絵の世界に飛び込んだつもりである状況を演じてみたり、あるいは簡単な絵を描いてその周りの世界を演じてみたりというようにして、形式やパターンにとらわれない自由な創作が繰り広げられる。そこでは、登場人物の性格設定や時代背景の想定、さらには、ストーリーの変化などはグループ内で短時間のうちに決定することが求められる。さらに、ふだんの自分とは番う役割を演じてみたり、友達の予想外の良さを発見したりすり楽しさを味わわせよう。
⑥ ショートドラマ
このような準備をした即興表現ができるようになると、少し長い物語などを与えて、ストーリー展開のある5分程度のドラマに挑戦させてもいいだろう。
⑦ クールダウンとリラクセーション
授業の最後には、クールダウンとリラクセーションの時間を入れておこう。 年間時間数としては、必修科目になれば週2時間、年間70時間は欲しいところだが、現行の総合的の学習では、最低でも年間20時間程度を当てるようにする。
まとめ
ドラマ教育を実践している学校では「どんな表現をしてもからかわれないし、かえって尊重されるので楽しい」といった肯定的な感想や、「友達と一緒に笑ったり考えたりしながら作り上げるのがおもしろい」という意見、さらに、「恥ずかしがったが、楽しい自由な雰囲気の中でそれが吹っ切れて、表現することに積極的になった」という自己変容を報告する子どもも出てくる。 つまり、ドラマ教育が提供する自由な雰囲気が、子どもたちの硬直した人間関係を解きほぐし、肯定的な関係づくりに貢献して、子どもたち同士の明るく支持的な関係構築力を育てる総合的な学習として実践されることが望ましい。 繰り返すことになるが、ドラマ教育は、子どもたちの硬直した人間関係を解きほぐして、認め合い支え合う関係づくりを促すことにつながる。そのことが、さらに子どもたちの協力性やチームワーク、学びの主体性や表現力、コミュニケーション力、問題解決力、そして自信と自尊感情といった21世紀社会で求められる多様な力を育てる学校教育を創造する基盤を形成してくれるのである。
参考文献 フィンランド・メゾットの学力革命―その秘訣を授業に生かす30の方法 発行日:2008年8月 発行所:明治図書出版株式会社 著者:田中 博之