アラブの春9
出典: Jinkawiki
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概要
『アラブの春』とは2010年から2011年にかけて北アフリカ及び中東諸国で起こった民主化運動及び反独裁政権デモの一連の総称である。発端はチュニジアで起きた『ジャスミン革命』であり、それを皮切りに広くアラブ世界に広まった。
ジャスミン革命
2010年12月、チュニジア中部の首都シディブジドにて、青果商の青年が度重なる取り締まりに憤った末に、焼身自殺する事件が起こり、市民の抗議デモが発生した。 また、この抗議デモは衛星放送やネットニュースで取りあげられ、これにより国民の爆発した。 これを機に若者を中心にソーシャルネットワークサービス(SNS)を使った情報交換によって政権打倒の全国デモに拡大し、翌年1月に当時のベンアリ大統領がサウジアラビアに亡命した事で、23年間続いた独裁政権に終止符が打たれることになった。 これら一連のチュニジアの出来事は『ジャスミン革命』と呼ばれている。
この『ジャスミン革命』はエジプト、リビア、シリア、バーレーン、イエメン等に多大な影響を与えた。
エジプトへの影響
・エジプト Facebookで結びつくグループ(「4月6日運動」)やGoogle幹部のブロガーであるワエル・ゴニム氏らが当時のムバラク政権打倒を呼びかけると、20万人を超える民衆が賛同し首都カイロの中心部(タハリール広場)を占拠した。 これを警官隊は鎮圧しようとしたが、その一部がやがてデモに合流し、軍も民主化に賛同する意志を示した。 これにより警官隊と軍を失ったムバラク政権は最初のデモから20日足らずで退陣することになった。
注目点
『アラブの春』はプラハの春に倣ったものであると考えられているが、プラハの春とは異なり、ある種独裁的なイスラム的価値観を抱える中でどこまで民主化が進むかが世界的に注目された。
また『アラブの春』はSNSや衛星放送・ネットニュースなど、ネットワークの普及を利用して発展した革命であり、同じ言語を持つアラブ諸国に伝播していった経緯がある。その為これまでの革命とは違う現代的な革命であることが注目点として挙げられる。
また発端の『ジャスミン革命』は民衆が集合した際の力の強さは独裁政権や長期政権を打倒できるものであると他国民に示すと共に、革命への意欲を促進するきっかけとなった為、アラブの春の中でも特に注目すべき出来事である。
==参照==
アラブの春 -コトバンク https://kotobank.jp/word/アラブの春-156447