難民15
出典: Jinkawiki
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<難民>
いま住んでいるところから出ていかなければならない。そうであれば、自分や家族の命が危ない。持てるだけの荷物とそこで過ごした想い出を靴に詰め込めて、あるいは捨てて、ともかく家を出る。どこに行くのか。どこまで行けばいいのか。元気でいられるのか。帰ることはできるのか。あてはない。ただ、今は逃げるだけだ―これは架空のお話である。しかし、いつでも起こりうる話である。自らの意思に反して移動を強いられることを、強制移動と呼ぶ。 強制移動の被害者として最も有名なのは難民である。いま手に入る最も新しいデータによれば、その数は1700万人を超える。これに、国内避難民という、難民に似た状況の人々が加わる。内戦や人権侵害などを理由に、自国へ戻れば危険が待っているとして、国境を越えて逃れるのが難民である。国内避難民は、それができずに自らの国のなかまをさまよう。国内避難民の数は、難民の比ではない。約3600万人、難民の倍以上である。そして、難民や国内避難民に代表される強制移動の被害者数をすべて足すと、その数は6600万人に届く。これは、首都圏と関西圏の人口を足した数より多い。そして、第二次世界大戦が終わって以来、世界はこのような数を経験したことがない。現代は、間違いなく「移動強制の時代」である。 多くの場合、難民や国内避難民は弱い。住み処を奪われ、家財を置き去りにして逃れてきた人々は、不安定な現状と先行きのわからない未来のもと、衣食住を欠き、健康を損ない、時に命を落とす。内戦の続くシリアからヨーロッパ各国へ逃れた人々の姿を思い出してもらえれば十分だろう。だが一方で、この人々はおそれられることもある。ときに数十万人単位で逃れる難民や国内避難民は、その多さゆえに、移動先の社会に相当な衝撃をもたらす。しかもこの人たちは逃れた先に根を下ろし、その社会の一員として新しい暮らしをはじめる。難民にとって、それは失われた生活を取り戻す第一歩である。だから誰も否定することはできない。何より、逃げ込んだ先の社会とはその人たちにとって避難所であり、一時的とはいえ安住できる場なのである。だが皮肉なことに、その安住を求める動きが、それまで住んでいた人たちの安住を脅かすことがある。こうした状況は、従来、「難民が現地の人々の仕事を奪う」という心配と結びつけられることが多かった。ところが最近では、難民が、テロリズムに代表される暴力の担い手に変貌し、移り住んだ先の安定を暴力で脅かすという、新しい事態にまで至っている。空港でのテロを画策したとして男が逮捕された2016年10月の事件は、シリアからの難民を多く受け入れてきたドイツで起きた。犯人は、同じ2016年にベルギー・ブリュッセルで起きたテロ事件で使われたものと同じ爆発物を作っていたとされる。男は、シリアからの難民だった。
参考文献 佐藤史郎・川名晋史・上野友也・齊藤孝祐(2018)『日本外交の論点』法律文化社