クルド人2

出典: Jinkawiki

2019年1月20日 (日) 00:13 の版; 最新版を表示
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 クルド人とは、トルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯に跨って住む中東の先住民族で、人口は約3000万人とされている。また、世界最大の独立した祖国を持たない民族であると言われている。


 ___起源

 クルド人は大筋として、インド・ヨーロッパ系と推定される。紀元前2000年ごろから同一1000年ごろにかけて、ザグロス山中に移住してきたアーリア系のペルシャ人と土着民が混血し、その後アラブ、アルメニアなどのセム系諸民族とトルコ、モンゴルなどのアルタイ系民族の移住、侵入によって民族が形成された。

 浅黒い肌と黒い髪というクルド人の身体的特徴は、そのなかでできあがったとみられている。少数ながらブロンドで、青または灰色の目をした欧州系の血が入ったとみられる人々もいる。


 ___宗教

 クルド人が信仰する主な宗教は、以前はペルシャから伝わったゾロアスター教(拝火教)だったが、7世紀にアラブ人によって征服されてからはイスラム化が進み、現在は75%がスンニ派、15%がシーア派だと言われている。このほかに、キリスト教やユダヤ教、アレヴィー教(シーア派とゾロアスター教、トルコのシャーマン信仰との融合宗教)や、イェズディー教(シーア派とキリスト教、ゾロアスター教、ユダヤ教の融合宗教)のクルド人たちも存在する。アレヴィー教の男女平等といった価値観や、酒や歌舞音曲に寛容な姿勢はスンニ派と反目している。


 ___クルディスタン

 クルド人の居住地はクルディスタンと呼ばれる。国境線により大きく四つに分かれている。

 ●北クルディスタン(トルコ領)

 人口約1300万人。かつてのオスマン・トルコ帝国の時代には、クルド人は伝統的に部族を支配する首長たちの下で一定の自治権を与えられていたものの、1920年のトルコ共和国の成立後は強力な「同化政策」が行なわれた。クルド人の存在は否定され(東部トルコ人とされた)、クルド語の使用は厳しく制限された。

 ●南クルディスタン(イラク領)

 人口約420万人。KDP(イラク・クルディタン民主党)とPUK(クルディスタン愛国者同盟)という武装組織があり、フセイン政権に対して自治権を要求して武装闘争を続けてきた。イラン・イラク戦争末期の1988年、北イラクのハラブジャという村でイラク軍によって毒ガスが使用され、5000人のクルド人が虐殺された事件は「フセインの犯罪」として国際的にも知らている。

 湾岸戦争の後、アメリカの介入でイラク北部にクルディスタン自治政府が設立されたが、KDPとPUKとの間では未だに武力抗争が続いている。

 ●東クルディスタン(イラン領)

 人口約570万人。第2次世界大戦後のソ連軍の進駐の中で、1946年1月にクルディスタン人民共和国(通称、マハバド共和国)が設立されたが、同年12月にイラン軍の占領により崩壊。

 パーレビ王朝の下で弾圧されたクルド人たちは、1979年のイラン革命で大きな役割を果たしたが、その後のホメイニ政権もクルド人の自治運動を弾圧した。現在、IKDP(イラン・クルディタン民主党)やKOMALA(イラン共産党クルディスタン支部)などの組織があり、イランのイスラム政府打倒と自治権要求を掲げている。

 ●西クルディスタン(シリア領)

 人口約100万人。シリアでは2016年3月、クルド系組織「民主統一党」(PYD)が一方的に自治区の設立を宣言してるが、シリアのアサド政権は認めていない。

 ●この他、旧ソ連のアルメニア、アゼルバイジャン両国に40万人、ヨーロッパ各国に約70万人のクルド人が住んでいる。


 ___クルディスタン分割

 1916年、イギリスとフランスはサイクス・ピコ協定という秘密協定を結び、中東の分割を画策した。第一次世界大戦で敗北したオスマン帝国はそのまま衰退、その後にトルコ共和国ができる。オスマン帝国はそのまま英仏により分割され、次々にレバノン、シリア、イラク、クウェートとなって、英仏の管理下に入った。それと同時にクルド人の国もトルコ、イラク、イラン、シリア、アルメニアの5ヵ国に分割された。


 ___今後における課題点

 イスラム国との戦争において、前線での戦闘にクルド人たちが参加していた。彼らは自らの民族の独立した国家のために武器を手に取り戦闘に参加した。彼らの悲願であるクルド人による国家を作り上げるということは、世界からは認めにくいものである。それはユダヤ人という前例を持ち、さらに朝鮮半島という現実を目にしていれば当然とも言える。実際、100年という月日は彼らクルディスタンの間に亀裂を生じさせている。それは文化や宗教など多岐にわたる。しかし最近ではクルド人の犯行によるテロが行われはじめている。これはイスラム国との戦闘において多くの犠牲者を出した彼らの訴えのように思える。今後どのような態度を国際社会が取るのか。いずれにしても彼らのためにも国際社会のためにも、一刻も早く解決に向けて糸口を探さねばならない。遠い国のことではなく、国際社会の一員として深刻に考えなければならない問題だと考えている。


 ___参考文献

『クルド人 もうひとつの中東問題』川上洋一著/集英社新書

『クルド人とは』

http://www.geocities.jp/kuludojp/nyuumon/nyuumon.html

『ゼロからわかる「クルド人」の謎~いま地上でISと戦っているのは彼らです』

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48028

『なぜ今「クルド独立」か:対テロ戦争とIS台頭で加速した「国をもたない世界最大の少数民族」の挑戦』

https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20170921-00075989/


 HN/立月(たつき)


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