アンシャン=レジーム

出典: Jinkawiki

2020年1月31日 (金) 01:40 の版; 最新版を表示
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1 アンシャン=レジームの由来

アンシャン=レジームとはフランス革命以前の封建制度時代を表す。フランス革命が起こる以前の16~18世紀に、ブルボン王朝が行なっていた 絶対王政による政治、社会体制を表す言葉を「アンシャン・レジーム」と呼ぶ。フランス語でアンシャン=レジームとは「古い体制」の意味で ある。通常は「旧制度」と訳し、フランス革命前の、絶対王政下のフランスの政治・社会のありかたをいう。フランス人の政治思想家アレクシ ス・ド・トクヴィルの『アンシャン・レジームと革命』や、哲学者イポリット・テーヌの『近代フランスの起源』などの著書で用いられたこと から、用語として定着した。

2 制度内容

アンシャン・レジームの特徴は、身分制度にある。国民は、聖職者で構成される「第一身分」、貴族で構成される「第二身分」、市民と農民で 構成される「第三身分」の3つに分けられていた。ブルボン朝の国王を頂点とし、聖職者である第一身分、貴族である第二身分が特権階級とされ ており、彼らは数の上では少なかったにも関わらず、国土の大半を領有する封建領主として農民を支配し、免税特権を認められていた。それ以外 の大多数の都市の商人、農民など特権を持たない人びとは第三身分とされ、特に農民は農奴として重い負担に苦しめられていた。パリなどの都市 にはブルジョワも成長してきたが、まだ力は弱く、農民と同じく思い課税に苦しみ、参政権も認められていなかった。一方で18世紀のフランス 絶対王政は、イギリスとの植民地抗争、ヨーロッパでの領土拡張戦争に明け暮れ、国王の贅沢な生活と共に、国家財政は危機に瀕してきた。その ため、ルイ16世は三部会を開催して貴族への課税を行おうとしたところから、貴族の反発が始まり、そこから一気に王制の打倒にまで到達する フランス革命へと展開していく。

3 当時の様子

第一身分は約12万人、第二身分は約40万人であり、合わせても全人口の2%ほどにしかならない。ただ彼らは特権階級と呼ばれ、国土の大半を 封建領主として支配し、免税特権も有していた。一方の第三身分は約2000万人の農民と約450万人のブルジョワジー(商工業を生業とする中産 階級)で構成されていた。3つそれぞれの身分が参加して議論する「三部会」に代表を送る権利はもっていたものの、三部会そのものがほとんど 開催されなかった。実質的には国政に関与することはできなかったのだ。

参考文献

木村靖二 岸本美緒 小松久男 『詳説世界史B』(2017)山川出版社


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