湾岸戦争2

出典: Jinkawiki

2008年8月5日 (火) 11:20 の版; 最新版を表示
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1990年8月2日に、イラク軍が隣国クウェートへの侵攻を開始したのに対し、アメリカを中心とした多国籍軍が国連の派遣決定の基にイラクへ攻撃を開始したのをきっかけに勃発した戦争。


目次

概要

1990年8月2日、フセイン大統領が指揮するイラクは突如隣国クウェートに侵攻し、これを併合した。国連の再三にわたる撤退要求に従わないイラクに対し、安全保障理事会の決議が、アメリカ主導の下に採択された。アメリカの多国籍軍は、91年1月、イラクに対して攻撃を開始し、湾岸戦争がはじまった。この多国籍軍は、国連軍を結成できない現状で、国連安全保障理事会の決議をもとに有志の国を募る形でできた、米英、そしてクウェート軍などの混成部隊。エジプト、モロッコ、シリアもアラブ合同軍を編成し、多国籍軍に協力した。国連安保理事会が採択した決議は (1) イラクへの避難と即時無条件撤退を要求する八月二日の決議660号 (2) イラクへの経済制裁を内容とする八月六日の決議661号 (3) イラク経済制裁の実効性確保のための多国籍軍への限定武力行使を容認する八月二十五日の665号 (4) イラクが1991年1月15日までに撤退しない場合のクウェート奪回のための多国籍軍への武力行使を容認する11月29日の決議678号 など、12の決議である。

 11月、地上軍、艦船、航空機がサウジアラビアとペルシャ湾岸地域に派遣。イラクのサウジアラビア侵攻を抑止するとともに決議665号に基づき、海上封鎖実施。アメリカ軍が主力の多国籍軍、アラブ軍は合計27カ国になる。他方、91年1月のベーカー・米国務長官とアジズ外相の会談、デクエヤル国連事務総長のイラク説得工作など、最後まで平和的解決への努力もなされたが、失敗に終わる。  こうして決議678号に定められたイラクのクウェート撤退の期限が切れた直後の91年1月17日、アメリカ軍を主体とする多国籍軍がイラクへの空爆を開始し、「湾岸戦争」に突入した。

・欧米、中東、アジア28カ国の軍が派遣された。なかでも、アメリカ軍はサウジアラビアの要請に応え、着々と攻撃態勢をととのえた。

・当時のブッシュ大統領はベトナム戦争と、湾岸戦争との違いとして「この戦争はベトナムとは違い、世界の指示を受けていること」を強調し、目的がイラク征服ではなく、クウェートの解放であると強調し、目的の達成後は軍を引くと語った。

・軍事的には、イラク側のミサイルによる反撃や、イスラエルへの39発のミサイル攻撃のよる挑発があるも、イラクは劣勢だった。戦争後のイラク側の損害は戦車39%、野砲48%、装甲兵員輸送車32%が破壊され、航空機800機のうち140機がイランに避難し、98機が撃破された。主力は国内に温存していた。


中東和平

1991年10月30日からの2日間、マドリードで米ソ共催による中東和平全体会議が開催された。これは、湾岸危機最中の当時のイラク大統領、フセインによる「ダブルスタンダード」(西側諸国がイスラエルのヨルダン川西岸やガザ地区等の占領を黙認、イラクのクウェート侵攻だけは非難するということは不公平と訴えた。)発言に間接的に触発されたもの。目的は、国連安保理決議242号、338号に基づき、イスラエルとアラブ諸国の公正・永続的かつ恒久的平和を達成するために、一つはイスラエルとの間で、レバノン、シリア、ヨルダン・パレスチナ合同代表団が、それぞれ二者間協議を重ねること(二か国間交渉)。イスラエルと関係アラブ諸国間で、軍備管理・安全保障、水資源、経済開発、環境、難民問題に焦点をあてて、協議を進めるために、お膳立てすること。


マスコミ

湾岸戦争はマスコミを使った今までにない、「現代の戦争」と呼ばれた。連日、アメリカ、イラク、イスラエルなど当時の国の首脳はそれぞれの国でCNNを観ながら戦略を練り、関係者のテレビ出演を通して、メッセージを送りあった。また、チェイニー、キッシンジャー、ブレジンスキーといったアメリカを代表する政治家や論客はタレントのようにCNNに出演し、敵である駐米イラク大使までもレギュラーしてテレビ画面に登場したが、ABCのテレビキャスターは「いやはや、イラク駐米大使もテレビ出演を楽しんでいるようです。それにしても、フセインの映像までもがこうも日常の茶の間に入ってくると敵のイメージも違ったものとなりますね。」と発言している。(「朝日ジャーナル」News Interface 1990 9 21 号) また、この戦争はコンピューター技術を駆使したハイテク情報戦争となり、戦場の死や破壊や悲惨が見えないために、「クリーンな戦争」と言われた。フランスの社会学者ボードリヤールは、このような戦場の死や破壊や悲惨が見えないこの戦争について「戦争のメディア化が虚構化を強めた」といって湾岸戦争報道を批判した。


参考文献

「朝日ジャーナル」News Interface 1990 9 21 号

戦争報道とアメリカ 柴山哲也著 PHP新書
20世紀現代史 新装版 須藤眞志編著 一藝社
湾岸戦争は起こらなかった 塚原史訳 紀伊国屋書店

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