サルトル

出典: Jinkawiki

2009年1月30日 (金) 13:01 の版; 最新版を表示
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サルトル

第1期は『存在と無』の延長上にあるもので、『文学とは何か』(1947)のなかで「アンガージュマン(社会参加)の文学」を提唱した時期である。当時は米ソの厳しい対立が世界の政治状況を支配していたが、彼は「第三の道」を模索して、「革命的民主連合」とよばれた運動に積極的に参加する。しかし、そうした彼の政治的行動はまったく無効に終わったばかりか、作品に極端な有効性を求めたその文学理論も、いつか行き詰まりに陥った。彼が「アンガージュマンの文学」の実践として、そのころ最大の努力を傾けた長編小説『自由への道』(1945~49)が未完のまま放棄されたのは、そのためであった。

しかし、第2期に入ると、サルトルは「第三の道」を完全に放棄し、とくに長大な論文「共産主義者と平和」(1952~54)を書いてからは、共産党の同伴者となって反戦・平和運動にも精力的に参加する。他方、文学的には、作品に直接の有効性を求めるのではなくて、むしろ文学にいっそう深い価値を探り、こうして大作『聖ジュネ』(1952)を発表することになる。これはサルトルの最高傑作に数えられるもので、『存在と無』で予告した「実存的精神分析」の成果ともいうべきものであるが、そこでは抽象的な自由ではなく、ジャン・ジュネという屈強な対象を通して、他者と状況とによって疎外された人間の解放を文学に求めていることが注目される。こうして文学は、政治主義的なものではなく、深められたアンガージュマンとして位置づけられた。この時期にサルトルが、『悪魔と神』(1951)、『キーン』(1953)などという、きわめて充実した戯曲を書きえた理由もそこにある。なおこの間に、戦後に一時協力しあったカミュと、反抗と歴史をめぐる論争(1951~52)がきっかけで決別したばかりか、『レ・タン・モデルヌ』誌の政治的リーダーであったメルロ・ポンチもまた離れていき(1953)、こうして同誌創立当時のおもなメンバーは、ほとんどサルトルとボーボアールを残すのみとなった。


1950年代後半から60年代にかけての第3期とよべる時期に、サルトルはいま一度転回と飛躍を遂げる。そのきっかけになったのは、ソ連共産党のスターリン批判と、ハンガリー事件であり(ともに1956)、またアルジェリア独立戦争(1954~62)であった。彼はそのときどきに自己の立場を明確にしたが、彼の態度表明はほとんど世界中の注目を集めたといっても過言でない。それほどに、戦後のもっとも著名な知識人として、彼の名声は揺るぎないものになっていたのである。とくに彼が植民地独立のための武装闘争を支持したことは、アルジェリア民族解放戦線(FLN)にとって強力な味方を得たことを意味したばかりか、「第三世界」の重要性を認識させるのに大いに役だった。

こうした一連の行動は、共産党の政策とまったく相いれないものであったが、その反面でサルトルは思想的にマルクス主義を完全に受け入れ、実存主義でそれを補完しようとしていた。そこから生まれたのが、構造的で歴史的な人間学を目ざす『弁証法的理性批判』(1960)である。しかしこれは第1巻を刊行したままで中絶し、その影響力も完全には発揮されることなく終わった。なお、この時期の重要な作品には、歴史の劇化を試みた戯曲『アルトナの幽閉者たち』(1959)がある。1964年にサルトルはノーベル文学賞に指名されたが、ノーベル賞の政治的偏向を主たる理由として、これを拒否して受けなかった。

1960年代後半に世界的規模で起こった学生運動、とくにフランスの「五月革命」(1968)は、サルトルに深い影響を与えた。彼は一方で、従来から取り組んでいた膨大なフロベール論『家(うち)の馬鹿(ばか)息子』(第1・2巻1971、第3巻1972)を発表するとともに、他方では中国の文化大革命に影響された小組織(マオ派)を支援し、発禁と押収の続くその機関紙を防衛するために、自ら編集長を引き受けたり、その新聞を街頭で配布するなどして、従来の知識人としての行動からようやく一歩脱皮する姿勢を示した。しかし、彼の肉体はすでに衰え、唯一残る左眼もまた73年以降はほとんど失明状態になり、読書や執筆活動は不可能になった。『家の馬鹿息子』もこうして4巻目はついに書かれなかった。その後も彼はインタビューなどに答えて発言に努めたが、それも晩年にはほとんど現実的な影響力を失い、輝かしい名声にもかかわらず、最後の数年間はけっして幸福なものではなかった。それでも、80年4月15日にサルトルが死んだとき、フランスの各紙は数ページを割いて大々的にこれを報じ、葬儀の日には数万の群衆が自発的に柩(ひつぎ)のあとに長い行列をつくって、戦後史上最大の無冠の巨人に別れを惜しんだ。


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