サマーヒル・スクール2
出典: Jinkawiki
サマーヒルスクール
A・S・ニールによって創立されたオルタナティブ教育を実践した学校。反権威主義教育を目指した「世界で一番自由な学校」とも言われている。 特徴として、子どもと大人の関係を大切にした教育活動が行われること。子どもが多くの主導と選択権を持つ実践が行われていることが挙げられる。学校スタッフと子どもたちが同等に発言権を持ち、学校の運営や問題について話し合うこともあり、生命の安全と他人の権利を侵さない限り、自分の自由は保障され、授業の出欠席も自由である。
・具体的内容
授業は、授業の内容・方法は教員に任され、クラス単位で時間割に従うが、興味と能力に応じて他のクラスに出席することもできる。最大のポイントは授業の出席を要求されないということにある。 11時には「おやつ」としてのみものや果物、16時には「ティー・タイム」として紅茶とビスケットが出される。また、毎週土曜日には、校長から「こづかい」をもらいショッピングにも出かけるという。 また、学校の自治のためのミーティングに参加する義務がある。授業料などの経営問題・教員の採用・国の法律で定められた安全衛生に関する事柄を除くほとんどの問題が批判・検討される。学校内の様々な規則もこの場で決められ、教師にも同じように適応される。年齢に立場などに関係なく等しく1票が与えられ、生徒の自由と学校の民主的な運営が実現されている。 労働と呼ぶことのできるような仕事はほとんどなく、身の回りの世話や食事の用意、畑や芝の手入れ・洗濯などほとんどすべて寮母などによって行われる。 常勤の職員は、教員が8名・寮母が5名のほかにパートタイムのコックや庭や芝の手入れ・建物内の清掃をする人が別に用意されている。また、週に数回のペースで教えに来る教員もいる。男性的に強い人よりも、恐怖を感じさせることのない、道徳家にあらざる人を望んで採用しているという。
◆オルタナティブ教育
Alternativeとは英語で「型にはまらない」、「新しい」、「代わりの」などの意味を持つ。オルタナティブ教育とは、標準的な国家コントロールを受けた学校が提供する伝統的な教育よりも、特殊な教育プログラムを求める家庭のためにデザインされた学校のことであり、サマーヒルスクールもこれにあたる。 英国教育法第7条によると、「義務教育の年齢に達している子どもを持つ親は、その子どもにあったフルタイムの教育を(中略)学校へ定期的に行かせることまたはその他の方法で与える義務がある。」として基本的には、イギリスにおいて子供を学校に行かせる義務がないことからこうした学校を選択する保護者も少なくない。近代の制度としての学校が過剰に制度化された近代システム社会の病弊を象徴するものと考えられた。
オルタナティブ教育の実践者に多く共通している考え方としては、 1 教育を人格の全体性の成長を促進するものであると理解すること。 2 教育は「いのちへの畏敬」に根差すべきものがあり、子供の中でこれから開花しようとしている「いのち」への驚きと敬意から出発すべきものであること。 3 教育は学習者との相互的な関係性があってはじめて成り立つこと。 4 現在の社会を変革していくことと同時進行で教育をすすめること。
◆問題点
・教育費
イギリスにおいては、私立の学校には政府から資金援助が得られない。 そのため家庭から徴収する授業料が学校を運営するための直接的な資金となる。サマーヒルに子供を預ける保護者の多くはインテリ層や中流階級層に属する比較的恵まれた環境にある人たちであり、労働階級の子供が来ることはまれであるということからも、経済的に貧困である家庭が教育を受けることが難しい点が問題視される。これは、オルタナティブ教育全体に言えることである。事実、十分に収入のある中流階級以上の家庭に支えられて運営していることも確かである。
多くの一般的な子供が通うオルタナティブではない学校も同時に変革の意識を持たなければ、社会全体でその教育的価値を高めていくことは難しいといえる。
・教育内容
OFSTEDから生徒の自由裁量に任せていることについて、学校が必修とすべき教科を選択科目にとどめたことについて批判されている。 学習についていえば、授業の出席の自由はあるものの、生徒が望んで出席した授業は、伝統的な教授法であり、そこには自由は存在していないのではないかという矛盾への批判も見られる。 また、柴谷久雄氏は、サマーヒルスクールについて権利や抑圧からの解放を重視するあまり、子供が何かに向けて自己限定するという面がおろそかにされているという点を、バートランド・ラッセル氏は、子供たちが他人や社会に対して義務を持っていることを認識させられていないという点を著書で記述している。沖原豊氏にいたっては、「サマーヒル学園では一切の抑圧が排除され、子供たちは全く自由である。授業への出席も強制されず、学校の定めた規則もなく、こどものセックスも自由であるべきとされた。」と自身の著書にあらわしているという。これは全く実態を踏まえない議論ではあるのだが、裏を返せば、学校の実態をよく知らない人間からはそう見られてしまうということだろう。
しかし、こうした学校が注目されるのは、一律の型にはまった教育が形作られていくにつれて、それに疑問を感じる親や教育者が違った形の教育を求めた結果であるといえよう。
参考文献
「ニイルと自由の子どもたち」 黎明書房 堀真一郎
イギリスの多様な教育と子どもたち http://www.crn.or/LIBRARY/GB/
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