フィンランドの外国語教育
出典: Jinkawiki
目次 |
外国語教育の背景
フィンランドにおけるリテラシーは格別の意味を持っている。まず、フィンランド語の特殊性がある。フィン族の言語であるフィンランド語は、ヨーロッパの言語の中ではきわめて特殊であり、しかもフィンランド語は1917年に独立するまで長年にわたってロシアとスウェーデンの植民地であった。母語の伝承を確実にするため、中世から読み書きができることが結婚の条件であったという。スウェーデンから独立後も学問や芸術の領域ではスウェーデン語の影響が続き、1930年代の学問芸術関係の出版物の4割がスウェーデン語で書かれていた。現在も国民の6%がスウェーデン語を話すため、母国語(公用語)はフィンランド語とスウェーデン語の2つであり、公務員に採用される為には2つの母国語を自由に使えることが条件となっている。
資源も少なく、林業以外にこれといった産業もないフィンランドでは、もともと教育を非常に大切にしてきたという歴史がある。バルト海に面し東西をロシアとスウェーデンに挟まれた小さな国だからこそ、国民全体の教育レベルを上げて初めて世界に通用する国になる、という考え方もあった。言葉を例にとっても、フィンランド語だけでは周囲の国とのコミュニケーションをとり、国際的な競争に勝ち残っていくことはできない。英語やスウェーデン語、ロシア語、ドイツ語などが必要となってくる。
外国語能力の高さ
フィンランドでは、フィンランド人は「母語だけでは世界では生き残れない」と考えている。フィンランド語を話すのは、世界中で520万人しかいないフィンランド人だけ。そのため、大学に進学して勉強する時に使う参考書のほとんどは英語の原書だ。専門分野にもよるが、フィンランド語に翻訳しても買う人の数に限りがあり、部数が少なく割に合わないということがあるので、フィンランド語に翻訳された参考資料はほとんどない。もっと身近な例を挙げると、子どもたちが大好きな「ハリーポッター」はフィンランド語に訳されているが、オーディオ・ブックは英語だけでフィンランド語には訳されていない。
ヘルシンキのような都市であれば、タクシーの運転手に英語は間違いなく通じるといっていい。高校生や大学生だと3ヶ国語が通じるし、小学校高学年ならやさしい英語で話せば通じる。フィンランド語は特殊な言語であるから、彼らの複数の外国語能力は母国語の応用というよりも学習によるものだ。フィンランドの母国語はフィンランド語とスウェーデン語の2つであり、小学校と中学校で第一次外国語として英語が学習され、高校生になると第二外国語としてドイツ語かフランス語かスペイン語が学ばれる。したがって高校を卒業すると4つの言語を学んだことになる。しかも、テレビ番組の多くは字幕スーパーによる外国語放送である。外国語に親しむ機会が学校内外で多い。
低学年で徹底して学ぶフィンランド語
フィンランドの学校も週休2日制で、土曜日と日曜日は休みだ。1年生と2年生が1週間で勉強するのは19時間。そのうちの7時間が読み書き、つまりフィンランド語(国語)を学ぶ時間だ。最初は徹底的に読み書きを教える。それほどフィンランド語の授業に力を入れるのは、フィンランド語は周囲のどの国の言葉とも異なった形態と文法を持った言葉だからだ。
母語を勉強した上での外国語
3年生になると子どもたちは、2つ目の言葉として英語の勉強を始める。このとき子どもたちは、母語よりも分析的に英語に取り組む。その前に、動詞とは何か、形容詞の役割は何か、などとフィンランド語の文法を教える。英語を教える時に、これは動詞です、これは形容詞です、という説明をするので、まずフィンランド語の動詞の意味が理解できていなければ、英語の動詞を理解することはできない。
もちろん英語の先生は、最初から文法を教えるようなことはせず、まず、歌で簡単な英語の言葉を教える。けれども4年生から先に進むと、形容詞が動詞にどのような影響を与えるか、などという説明が始まるので、フィンランド語で「動詞」が何かを知らなければ英語も理解できない。
外国語教育の目的
フィンランド国家教育委員会「総合制学校カリキュラム大綱」の外国語の項目にはこう書かれている。
外国語は全面的教育の一環として、これらをさらに深めるためのツールとして教えられる。言語と文化は密接に関係しているため、外国語活動は生徒にとって重要な文化資本となる。外国語は生徒の世界観を広げ、文化的アイデンティティを強める。国際的な接触が増加するにつれ、異なる国籍や文化を持つ者の間で、多様なコミュニケーション技能が必要になっている。
小学校から履修が始まる外国語には、全生徒必修の言語と選択科目の言語があり、総合制学校修了までにどちらも同じレベルまで到達することが目標にされている。
目標と主な内容
総合制学校の外国語学習の一般的目標はつぎのとおりである。
・その言語で日常生活に必要なコミュニケーションができる。
・目標とする言語とそれを用いる文化に特有なコミュニケーション法を知る。
・その言語圏に含まれる国、人々、文化に関する情報を得て、異文化や異文化を持つ人々に対し開かれた心を持つ。
・個人やグループでの学習技能を高める。
・自己評価能力を高め、自分の学習に責任を持つ。
・有意義で、面白く、やりがいのあるものとして授業や学習を体験する。
・外国語や異文化に関心を持つ。
外国語教育を考える
フィンランドの外国語教育について調べてみて思うのは、フィンランドの人たちにとって外国語というのは生活に密着したものなのだということだ。フィンランドの国土は日本と同じくらいの面積だ。しかし、人口は520万人ほどで、日本とは大違いだ。似ているのは、フィンランド語が母語なのがフィンランド人しかいないというところだ(日本語は日本人しか母語ではない)。日本人の場合には、日本語しか話せなくても1億人以上の人とは会話ができる。一方フィンランド人の場合には、フィンランド語しか話せないと520万人としか会話ができない。実際にこのようなことはないだろうが、極論はそうだ。
学習目標をみると、外国語が使えるようになることのほかに、外国の文化・習慣を理解することがあげられている。これは、外国語教育をする上でもっとも重要なことなのではないかと思う。たとえ、外国語が話せるようになり、外国へ行ったとしても、その国の文化を受け入れることができなければ、言葉が通じてもその国の人とはコミュニケーションが取れない。外国語教育の真の目的が外国の人とのコミュニケーションをとれるようにすることなのだとしたら、フィンランドの外国語教育は、その目的を果たそうとしているといえる。
参考文献
教育科学研究会編 なぜフィンランドの子どもたちは「学力」が高いか 国土社 2005
福田誠治 格差をなくせば子どもの学力は伸びる‐驚きのフィンランド教育‐ 亜紀書房 2007
リッカ・パッカラ フィンランドの教育力‐なぜ、PISAで学力世界一位になったのか 学研新書 2008
R.ヤック-シーヴォネン、H.ニエミ編 フィンランドの先生学力世界一のひみつ 桜井書店 2008
福田誠治 フィンランドは教師の育て方がすごい 亜紀書房 2009