麻薬の法規制
出典: Jinkawiki
麻薬統制は一国だけではその取締りが困難なので、国内的だけでなく国際的にもその対応が必要である。国内的にみると、わが国における麻薬の取締りは江戸時代末期からあり、1857年(安政4)の日蘭(らん)追加条約をはじめ、当時のアメリカとの修好通商条約のなかに、アヘンの輸入を厳禁する旨の規定がある。この禁令は明治維新政府もこれを継承し、麻薬に関する法令を逐次整備する措置を講じ、大正、昭和と引き継がれて、麻薬取締法(昭和28年法律14号)に及んでいる。この間における関係法規の制定は、販売鴉片烟(あへんえん)律(1870年)より旧麻薬取締法(1948年)に至るまで17の多きに達している。旧麻薬取締法は従来の取締規定を集大成したものであったが、一方で国際交流の拡大に伴い、麻薬の国際的な不正取引や大規模な密輸事犯が増加したために、より効果的な取締りの必要から、昭和28年の麻薬取締法が制定された。ところが1960年(昭和35)ごろから麻薬犯罪が逐年増加をみせ、その内容も悪質化し中毒者も増加したため、1963年にその一部を改正し、中毒者の措置入院制度を新設し罰則の対象とした。1970年にはさらに改正がなされ、LSDも麻薬として規制されることとなった。1990年(平成2)施行の麻薬及び向精神薬取締法は麻薬取締法の一部を改正し、向精神薬を規制対象に加えたものである。さらに1992年には、麻薬および向精神薬の不正取引を防止するため、いわゆる麻薬二法が施行された。
国際的には幾たびかの条約の締結と協力機構の設置がなされている。すなわち、条約については、すでに早く1909年にアメリカ大統領T・ルーズベルトの提唱で開催された上海(シャンハイ)での国際会議がきっかけで、そこでアヘンの不正使用が討議されて以来、幾たびかの国際会議が開催され、多くの国際条約が締結されてきた。それは1912年の「国際あへん条約及び最終議定書」から「1961年の麻薬に関する単一条約」に至るまでおよそ10の条約となっている。
また協力機構については、1945年に発足した国際連合は当然、麻薬取締りに関して重要な役割を果たしているが、内部機構としては麻薬委員会、世界保健機関(WHO)、国際麻薬統制委員会などがある。さらに国連以外の機関としては、国際刑事警察機構(ICPO)、関税協力理事会などがある。