ヘッドスタート計画6

出典: Jinkawiki

ヘッド・スタート計画の日本での意味

「ヘッド・スタート」という語句の翻訳・解釈が日本は二通り存在する。まず一つは、辞書に示されている「先にスタートさせる」という意味を採用しているものである。もう一つは、こちらのほうが日本ではかなり浸透していると思われるが、「頭を並べてスタートする」というものである。この語義が日本における同計画のイメージを作っているといっても過言ではない。『内外教育版』では「『ヘッド・スタート』というのは、『先にスタートする』という意味」としている。その後、長島貞夫「日本の幼児教育改革とアメリカのヘッド・スタート計画」、佐藤全「米国における就学前補償教育計画(1)成立の背景と展開過程」もこの語義をあげている。しかし、1975年に出された小川正道「自由主義諸国の就学前教育と近年の動向」には、「ヘッド・スタートという語は、競技上の先発または優先の意とともに、競馬用語としては、馬の鼻づらをそろえる意といわれている」と、両方の語義が示されている。結局のところ、「頭をならべてスタートする」とする翻訳・解釈がどこからきたのかはわからないままであり、それが同計画の「名は体をあらわす」かのように扱われてきたのである。


アメリカ的「福祉国家」の特徴

「ヘッド・スタート計画」は「貧困との戦い」(War on Poverty)という貧困対策群のひとつとして登場した。福祉の理念・特質と深く結びついたものであった。政府が国民の幸福追求のために、どの領域について介入するのかはそれぞれの政府が決定するところであり、福祉先進国においても介入形態・領域は異なっている。「福祉国家」とは、政府が市場経済の欠陥を是正するために国民の広範な生活領域に関与している国家を一般に「福祉国家」と呼ぶが、第二次世界大戦後先進資本主義国に浸透し、やがて先進国で根をおろし確固たる政策理念となったのである。社会保障が急速に拡大した1960年代後半から70年代においても、社会権がはっきり主張されるという状況がほとんど見られないことから、アメリカは「福祉国家」とみなさないという意見も多くでた。アメリカにおいては社会権よりも、「『機会の平等』とか、『救済に値する貧困者』への社会保障というような議論が多く、また、ナショナル・ミニマムという見方もそれほど強くとられていない」ことを指摘する。


参考文献

・「『ヘッド・スタート計画』研究 教育と福祉」 添田久美子 (2005年)学文社

・「アメリカ型福祉国家の形成」 佐藤千登勢 (2013年) 丸善出版

・「アメリカ社会福祉の歴史 救貧法から福祉国家へ」 ウォルター・L・トラットナー (1978年) 川島書店

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