クイーンウッド・コミュニティー
出典: Jinkawiki
クイーンウッドコミュニティーとはロバート・オウエンが資金をためて建設したコミュニティーである。ロバート・オウエンは、資金集めにとても苦労した人である。そんな中オウエン最後の試みとしての資金集めの方法が株式会社方式である。オウエンはもともと株式会社論の提案には、特別の思いを持って語っている様子はないので、株式会社からは極めて否定的な評価しか与えられない。この提案を行った理由としたは、「ストックトン―ダーリントン鉄道」をはじめ、当時の鉄道会社によって開発された新しい資金調達方法としての株式会社に多くの事業家が関心を示していた事情があったと指摘しつつ、36年に蔵相が下院議会で行った、「私は株式会社の原理は近代における偉大な発明の一つと考えてる」との発言を紹介している(Ryle,1998:pp.195-196)。 オウエンは多くの人から支えられ、ある案にたどりついた。資金提供者として労働階級の中に、経営能力と意志との点でも株主となりうる階層が形成されているという認識である。「現在、労働階級のなかに勤勉で、つつましく、よく教育されたかなりの数にのぼる家族がいるが彼らはしきりに株式保有者となるよう願っているばかりか、その多くの者が株主となりうる収入を得ており、そのような処遇を得て雇用されたいと切望している」("Prospectus of a Plan for Joint Stock Companies",Public Discussion(Owen-Roebuck),p.143)このように述べている。さらに、彼らは5ポンドから10ポンドの株式が買える金銭的能力があるものとオウエンは確信した。 もう一つの案として彼が提案している株式会社組織は、いかに金銭的であるかを証明しようとするために「費用-便益計算(cost-benefit analysis)」によるシュミレーションを提供したのである(lbid.,pp.145-151)。しかし、コミュニティー設立の決議がなされながら資金がなくなっていってしまった。ただ、ここからオウエンを支持する者やオウエンと関わっていたものから土地を提供されたりしながらコミュニティーというものををより広めていった。 そして、1839年コミュニティーへの熱意が最高潮になっていった。 イングランド西部のソールズベリーとバースのほぼ中間に農村地帯が広がっている。そこの一角がゴールドシュミット卿の土地で、クイーンウッド農場(Queenwood Farm)とその周辺の533エーカーの土地にクイーンウッド・コミュニティーが設立された。万国階級協会による、最初にして最後のコミュニティーとして開設されたのは1839年の秋であった。そこの支配人に任命されたのは、オウエンであった。
参考文献 ロバート・オウエン 土方直史