スローフード・ムーヴメント

出典: Jinkawiki

ファストフードに象徴される画一的で性急な食が世界的に広がっていくことに対抗し、各地域の風土や伝統に根づいた多様な食のあり方を保護・推奨する国際的な運動。1980年代半ばにイタリアで始まった。ゆとりをもって家族や友人と食事を楽しむことから、食を通じた生物多様性の保存まで、幅広い関連テーマに取り組む。主唱者のNPO、スローフード協会(Slow Food)は、現在、日本を含む50か国に800の支部をもち、その会員は8万3000を超える。公式ロゴはカタツムリ。ファストフードのメッカ、アメリカでは2000年にニューヨークに米国スローフード協会(Slow Food U.S.A.)が設立され、いまやイタリアに次ぐ規模の140の支部と1万2000人の会員がいる。

目次

歴史

スローフード運動の始まりは1986年、イタリア北部の小さな町に遡る。当時、食とワインの月刊誌の編集者だったカルロ・ペトリーニ(スローフード協会の現会長)が、イタリア余暇文化協会という政治的左派の団体のなかにグルメの会を作った。また、その前年にイタリアに進出していたマクドナルドが、1986年にローマの観光名所のスペイン階段のそばに開店すると、抗議のデモが起きた(参加者は手にペンネの皿をもっていたという)。ファストフードの規格化された食へのこのような抵抗運動が、スローフードというスローガンの下にイタリア中心に広がった。1989年にはパリに15か国から賛同者が集まり「スローフード宣言」を採択し、スローフードという正式名称の国際運動組織を作った。宣言では、生産性・効率性重視でファストフードを押し付けてくる「ファスト・ライフ」の弊害から逃れるため、感覚的な喜びを食卓に取り戻すことと、郷土料理の再発見を呼びかけている。

現在

スローフード運動は規模拡大とともに活動の幅を広げてきた。テイスティングのイヴェントや出版を通じた啓蒙活動に加え、現在は、世界各地で消滅の危機にある郷土料理や小規模生産の高品質食材、さらに生物多様性保全に役立つ農法などを発掘し、それらを認定・推奨したり、経済援助によって保護する活動を行っている。また、多彩な味を理解できる味覚を子どもにも大人にも養っていく教育プログラムから、「食科学大学」まである。高級グルメを推奨するわけではなく、排他的・保守的な伝統主義に反対し、多様な文化に同様な価値があるとする。今では食文化の運動を超え、環境運動やグローバライゼイションの現状への抵抗運動など、進歩派の運動と共通点をもつ。

背景

こうした展開の芽は当初からあった。スローフード運動の背景には、近代化・産業化への内省・反動と、近年の市場原理を至上とする新自由主義の台頭への懸念がある。この感覚はヨーロッパでとくに強く、農業も含むすべての領域に及んだ工業化・規格化や、効率性・値段を重視する市場原理の台頭によって、環境破壊や伝統・習慣の喪失、またクオリティ・オヴ・ライフが蝕まれることに危機感を抱く人は多い。新自由主義の拠点といえるアメリカへの反感もあり、アメリカ生まれのファストフードは様々な近代化・市場原理のマイナス面の象徴として格好のものだった。1999年に、フランスの農民活動家ジョゼ・ボヴェが、建設中のマクドナルドの店舗を解体するという行為に出て国民的喝采を浴びたことにも、これと共通の背景がある。ちなみに、ボヴェは後に、異なるグローバライゼイションのあり方を求める運動の中心人物の一人のなった。

引用・参考文献

佐藤恭子 編著:矢口祐人、吉原真理 『現代アメリカのキーワード』 中公新書 2006年8月 283~285ページ


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