ベトナム戦争37

出典: Jinkawiki

概要

第2次世界大戦後の冷戦下、インドシナ半島の旧フランス植民地で起きた戦争。親米のベトナム共和国の独裁政権打倒をめざして1960年12月、南ベトナム解放民族戦線が結成され、共産主義のベトナム民主共和国が支援した。米軍は65年2月から国境を越えて北ベトナムに大規模な空爆を開始。73年1月に米軍の撤退を主内容とするパリ協定が調印され、南ベトナム政府は75年4月に無条件降伏。ベトナム人の犠牲者は軍民合わせて120万~170万人という推計がある。

 ベトナムはなぜ強かったのか 

ベトナムには強力なナショナリズムの伝統がある。共産主義者はこの伝統に深く根を下ろしており、そこに「共産主義の膨張」を阻止するとしてアメリカが介入したのは、まったく愚かな試みであった。ベトナム史の流れからいえば、アメリカが維持しようとした南ベトナムは、必然性のあまりない外部からの押しつけの産物で、アメリカができたことは、せいぜいその崩壊を10年遅らせたということだけだった。共産主義者による統一ベトナムの実現を阻止することはできなかったのだ。

アメリカはなぜベトナム戦争に介入したのか

アメリカのベトナム介入は、ベトナムそのものに介入したアメリカの利益というよりは、その世界戦略の一環として理解されるべきことである。トルーマン政権が第一次インドシナ戦争でフランスに対する支援を開始した1950年から、ベトナム戦争が終結する1975年までの間の、歴代政権の公式の説明に明示されているように、アメリカはベトナムに、「共産主義封じ込め」という冷戦時代のその世界戦略のゆえに介入した。

参考文献

吉田 元夫 1991 「歴史としてのベトナム戦争」大月書店


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