ポルトガル
出典: Jinkawiki
国名 ポルトガル共和国
面積 91,985平方キロメートル(日本の約4分の1)
人口 約1,056万人
首都 リスボン市(人口: 約54.8万人)
言語 ポルトガル語
宗教 カトリック教徒が圧倒的多数
国祭日 6月10日(ポルトガルの日,16世紀の大詩人カモンイスの命日)
政体 共和制
~略史~
1143年 ポルトガルの建国 1580年 スペインとの同君連合 1640年 スペインより独立(王政復古) 1910年 王政終焉、ポルトガル共和国成立 1925年 カルモナ将軍による軍事政権(共和制の崩壊) 1932年 独裁体制の開始 サラザール政権(~1968年),カエターノ政権(1968年~1974年) 1949年 NATO加盟 1955年 国連加盟 1974年4月25日 カーネーション革命(独裁体制の終焉,民主化) 1986年 EC(後にEUに発展)に加盟 1996年 ポルトガル語圏諸国共同体(CPLP)に加盟(同年に設立。本部リスボン) 1998年 万国博覧会開催(リスボン) 1999年 ユーロ導入(2002年より流通)
~内政~
2011年3月,ソクラテス前首相の辞意表明によりカヴァコ・シルヴァ大統領が議会を解散し,6月に総選挙が実施された。その結果,最大野党(当時)の社会民主党(PSD)が勝利を収めるも,議席数で過半数には届かず,安定多数を確保するため第3党の民衆党(CDS/PP)と連立政権を樹立した。コエーリョ首相率いる現政権は,前政権時に欧州委員会(EC),欧州中央銀行(ECB),国際通貨基金(IMF)との間で金融支援の条件として交わされたトロイカ合意の履行を通じ,経済危機克服を目指している。また,財政赤字目標(対GDP比,2012年5%,2013年4.5%,2014年2.5%)の達成をより確実にするため同合意よりもさらに踏み込んだ緊縮策・構造改革を推進しており,2012年8月1日には,解雇要件の緩和や解雇手当及び超過勤務手当の減額等を盛り込んだ改正労働法が施行された。
~主要産業~
製造業(機械類,衣類,コルク製造)及び観光業等
~GDP~
約1,663億ユーロ(2012年)
~経済~
ポルトガル経済は従来からEU依存型で,貿易・投資ともにEUとの結びつきが強い。EU依存の対外経済構造転換のため,ブラジル,アンゴラ等のポルトガル語圏諸国,中南米,アジア等との経済交流拡大を図っている。その具体策の一つとして,コエーリョ政権の下,AICEP(ポルトガル投資貿易振興庁)を従来の経済革新開発省(現・経済雇用省)管轄から外務省管轄下とし,在外公館と連携して経済外交を推進している。90年代半ば以降,ユーロ第一陣参加に向けた経済運営及びリスボン国際博(EXPO98)の際のインフラ整備による経済効果等を背景に,欧州平均を上回る(対前年比で約4%)高い成長率を維持してきたが,2001~2003年にかけて急速に減速した。その後,EUにおける好景気の影響もあり,2006年以降の経済成長率は1%台まで回復してきたが,スペイン等の景気後退により2008年から景気が後退。世界経済危機の影響を受け景気後退が更に深刻化している。
~日本との関係~
日本との関係は、16世紀半ばにポルトガル人が種子島に漂着以来、鎖国までの約100年間に鉄砲伝来をはじめとして食文化にいたるまで、その南蛮文化は当時の日本に大きな影響を与えてきた。現在も両国間の文化交流は盛んで、また日本の常任理事国入りについてポルトガルは側面的に支援するなど政治的にも両国には良好な関係がある。
~参考文献~
外務省HP http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/portugal/data.html#04
河出書房新社 (図説 ポルトガルの歴史) 金七紀男