マグネットスクール
出典: Jinkawiki
マグネット・スクール(Magnet School)とは、アメリカ合衆国発祥の公立学校の一種で、一定地区に住むすべての子どもたち・親を学区をこえて磁石(magnet)のように引きつけ、学校選択による通学が認められた学校のこと。登校距離(neighborhood boundaries)によってではなく、広く学区(school district)から生徒を募ることができる。また、差別無く、生徒を受け入れなければならない。
芸術や技術に特化したプログラムを持つもの、学年混合クラスや1学期制を採用するなど、組織体系がユニークなものなどさまざまである。マグネットスクールは、多様化しているアメリカの教育においては、マグネットは最も一般的な名称であり、マグネット・スクールと同様の学校形態を持っていても、本来の創立目的(歴史の項を参照)を強調しない名称として、オプション(option)、チョイス(choice)、テーマ(thematic)、フォーカス(focus)、実験(experimental)、特別(speciality)またはオルタナティブ(alternative)といった言葉が用いられることもある。
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概要
日本の校区のように住所で通学先が決まる近所の一般校はネイバーフッド・スクール(近隣学校)という。それに対し、マグネット・スクールは市全体など非常に広範囲に住む誰もが入学可能であり、各地から様々な児童・生徒を呼び寄せるための特化カリキュラムを組んでいる。幼稚園を含む小学校から高等学校まであり、その内容も様々である。また学校全体がマグネット・スクールである場合と、ネイバーフッド・スクールの中にマグネット・プログラムを設けている場合がある。
アメリカの初等・中等教育には、私立学校、公立学校、ホーム・スクーリングという選択枠がある。また学校形態は伝統的な一般校のほかに、オルタナティブ・スクールという従来とは異なる新しい学校を選択できる地域が多い。
日本ではオルタナティブといえばフリースクール、デモクラティック・スクール、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育など限られた学校を指すが、本来の意味では一般と異なるすべての学校を指す。 一般の公立校とは異なるマグネット・スクールもオルタナティブの一種ではあるが、近年は「児童・生徒が通学を希望するような特別プログラムを持つ学校」をマグネット、「特別な支援を必要とする子供に手を差し伸べる学校」をオルタナティブと分ける傾向がある。そのため似通った教育内容の学校でも、障害児のインクルージョン教育やユニークな教育を売りにする学校はマグネット、障害児・不登校児・中途退学者・その他危機にある生徒の支援を前面に押し出した学校はオルタナティブと呼ばれる。オルタナティブ・マグネットは、オルタナティブ教育を売りにするマグネット校である。実際には学区によって様々な名称があるため、オルタナティブとマグネットの境界は曖昧である。
アメリカのマグネット・スクールには、日本のスーパーイングリッシュランゲージハイスクール、スーパーサイエンスハイスクール、学力向上フロンティアスクールに値するものもあるが、創立目的が異なる。また提供するカリキュラムは幼稚園からあり、内容も英語と理数教科に限らず多種多様である。その一方で、学力向上フロンティアほど漠然とはしておらず、的を絞ったプログラムである。
マグネットスクールは人種統合策として、1976年に連邦補助金支給の対象になって以来、入学者数が増加傾向にある。多種多様な民族性に、時には社会的な立場を考慮する必要のある子どもたちが入り交じって教育を受けるには、無理に各学区の子どもをまとめて教育するよりも、その魅力によって生徒たちが自主的に選んだ学校に通学する方法がよいという考えからである。また、人種問題解決の政策という側面も持っている。
マグネット・スクールの問題点
1.学力格差
マグネット・スクールは「頭の良い子が行く学校」ではなく、「校区に左右されず広い範囲から入学者を受け入れる学校」であったが、近年は日本のスーパーサイエンス・ハイスクールと同様、エリート養成校になっている、公教育の差別化につながっている、多額の予算を使いすぎる、といった批判を受ける学校も出てきている。
しかし現実問題として、広範囲に住む多種多様の人間を惹きつける実用的なマグネット・プログラムとなると、学力向上が上位に挙がるのは当然である。人種・宗教・所得にかかわらず多くの親が願うのは、子供が良い教育を受けて安定した職に就き、精神的にも物質的にも豊かな生活を送ることである。そのため学術、特に自然科学やテクノロジーなど理数系の特化教育を掲げる学校が多い。人文、芸術系やオルタナティブ教育に比べ、理数系は標準テストの点数で成果が量りやすいのも成果主義社会のアメリカに好まれる理由である。
マグネット・スクールには入学希望者の中から抽選で選ぶ学校もあるが、学力試験、知能検査、面接、実技、書類審査などに合格しないと通えない学校も数多くある。学力試験のみで合否判定すると人種の偏りが生まれる可能性があり、人種統合目的のマグネット・スクールを設立した意味がなくなってしまう。 学力と人種の偏りの一例としてカリフォルニア州サンフランシスコにある全米でもトップクラスのローウェル高校が挙げられる。ローウェルの入学試験は難易度が高く、合格者の大多数が中国系アメリカ人であった。1985年度の入学審査で69点満点のうち中国系は65点、他のアジア系や白人は61点、アフリカ系やヒスパニック系はそれ以下の合格点を設置して、学内の人種バランスを保とうとした。中国系アメリカ人はこれをアファーマティブ・アクションに反するとして1994年には裁判にまで発展している。
多様性を高めるために、くじ引きで合否を決める学校もある。また入学者の半分を学力考査、残りの半分をくじ引きで選ぶ学校もある。学校全体がマグネットではなく、マグネット・プログラムを持つ一般校の場合は、ネイバーフッド・スクールとして通う地元の子供と、マグネット・プログラムに通う子供が混在する。抽選の場合は学力面での差別はないが、マグネット校の抽選を受けられる指定地域内は不動産が高騰し、結局は比較的裕福な家庭の子供が集まるという所得格差が存在する。
2.地域格差
アメリカ合衆国の教育制度の大きな特徴は、ほとんどの州において州を細かく分けた学区という区域ごとに独立した予算、カリキュラムで公立校を運営していることである。マグネット・スクールも原則として各学区の管轄にある。21世紀初頭の現在も、一般的に財政が潤い教育レベルの高い郊外の学区には裕福で教育熱心な白人や日本、韓国、中国、台湾、インドといったアジア系が集中し、逆に都市部には圧倒的にマイノリティーが多い。つまり所得格差が地域格差を生んでいるのである。
裕福な学区は多種多様の優れたマグネット・プログラムの運営に予算を割くことができ、住民、特に保護者が学校に密に関わっている。宿題や学習習慣の確立という家庭での援助だけでなく、学校行事への参加、教室ボランティア、PTA活動、ファンド・レイジング(寄付金集め)など盛んに活動しており、プログラムの維持に大きな役割を果たしている。レベルの高いマグネット校に通うため、教育熱心で裕福な家庭が次々と転入して来るにしたがって不動産地価が上がる。その固定資産税から学区の財源は益々潤うことになる。
一方、貧困層に属する住民の割合が高い地域は、豊かな地域に比べて学校予算が低い。また保護者の学校参加率も低い。その理由として、保護者が長時間の肉体労働を伴う仕事に就いていて時間的体力的に無理、教育を受けていなかったり英語が上手く話せないことを恥じている、学校について十分な情報を得ていなかったり言葉の壁で理解できない、学校の教職員から歓迎されていないように感じている、あるいは学校側が保護者を最初から教育に無関心だったり子供の勉強を見る能力がないと決め付けているといった点が挙げられる。行政の徹底した介入なしにはマグネット・スクールの運営は難しい環境にある。
3.予算配分
児童・学生を惹きつけるような魅力的なカリキュラム、学習環境を提供しようとすれば、マグネット・スクールの予算、資源、人材は一般校より上回ることになる。そのため一般校の犠牲の上にマグネット・スクールが成り立っているのではないかと懸念する者も多い。特に学力審査などの選考基準を設けたり、抽選対象の地区を限定している場合は、学区全体の予算をマグネット・スクールに通う一部の恵まれた生徒につぎ込んでいるという批判が出るのも当然である。
アメリカ合衆国連邦政府のマグネット・スクール援助プログラム (MASP Magnet School Assistance program) は、1校あたり年間平均30万ドルもの補助金を交付している。補助金を受けるには、様々な人種、宗教、社会経済的背景を持つ子どもがバランスよく在籍していることが条件であるため、マグネット・スクールは入学する生徒をどのような基準や手段で選ぶかという点について非常に神経を使う。またカリキュラムの内容も財政難で廃止や統合されることもある。
4.責任の所在
マグネット・スクールは設立、廃止、カリキュラムの内容などすべて学区主導であり、保護者は学区の決断に従うまでである。マグネット・スクールを目的に引っ越して来ても、プログラムが変更や廃止されることもある。バージニア州フェアファックスでは保護者の署名活動などにもかかわらず、日本語イマージョンが縮小され、代わりに中国語FLES(小学校外国語教育)が始まった。これは日本に変わって台頭してきた中国へ関心が移行しているためと、イマージョン方式は人件費も高く一部の児童だけが恩恵を受けているという批判に対処して、短時間であっても全校生徒がまんべんなく外国語に接することのできるFLES方式に切り替えたためである。このように保護者や生徒、また教師はマグネット・スクールの運営に関与することはできない。その一方で、公立校であるマグネット・スクールは他校より格段に大きい予算や国の援助を受けながらも、生徒の学力が向上しなかった場合、公約どおりの学校運営ができない場合など、失敗には何ら責任を取る必要はない。
チャーター・スクール
上記のようなマグネット・スクールの問題を踏まえて発展させたものがチャーター・スクールである。チャーター・スクールは、学区に任せるのではなく、保護者や教員などが自分達自身で作り上げる新しい形の学校である。申請書類が審査に通って認可されれば資金が援助されるが、当初の目的に達成しない場合は閉校となる。自由度が高い代わりに、運営側が負う責任も大きい。
参考文献
『アメリカの学校』 高橋 健男 三省堂
『レポート世界の学校』 伊藤 正則 三修社