ロバート・オーウェン

出典: Jinkawiki

ロバート=オーウェン ( 1771 年 - 1758 年 ) イギリス社会主義の創始者で、ウェールズ小手工業者の子。

イギリス産業革命のただなかで生活した彼は、時代の明暗を知悉し、社会改良に尽力した。 資本家の温情と人間性改革で理想社会実現を夢みた、サン=シモンやフーリエに続く「空想的社会主義者」と批判されるが,のちの社会主義の理想や輪郭は、彼の試行のなかに、萠芽をもっている。

【生涯】

小店員ののち、20歳の若さで「マンチェスター紡績工場」の支配人となって成功し、ついで共同経営者兼工場支配人として,歴史上有名な「New Lanark 紡績工場」の経営を行った。(1800~1825) そこでは、労働条件の改善を行い,託児所では子供を保育し,共済店で生活用品を原価供給,病人には治療を与えた。 疑心の中で経営的にも大成功,当時は社会改良のメッカといわれ、見学者が雲集した。 この経験から『社会に関する新観解』(1813)が生まれ,さらに壮大な北米インディアナ州での「New Harmony 村」建設がなされる(1825~29)が失敗。 この間に資本主義のもつ営利主義への反対や、私有財産制・既成宗教・現行婚姻制度など体制攻撃への強化,さらに、巨大な生産力のもたらす貧困をみて「問題は分配にあり」と考え,共栄互助をめざす協同体の形成,農工連帯の社会の形成などを主張するにいたった。 北アメリカからの帰国後,労働者の小額出資による協同組合・消費組合運動(1831~35),商品価値を労働日によって計算した「労働交換所」(1832~34),政府に代わる全国的労働組織をめざし200万人以上の加入のあった「全国労働組合大連合」の結成(1833~34)などを推進したが,利己心と利害の対立により失敗した。 だが、工場法の制定などは、彼の功績であるとされる。 その後、政治運動から離れて「新道徳世界形成運動」、つまり初心に帰って、社会環境改善による人間性改善運動に没頭し,貧窮のうちに死亡した。

【思想・環境決定論】

「オウエンにとってその基本哲学である環境決定論は、人が人を責め、憎み、褒め讃えることを止めさせ、悪行を生んだ環境を改廃することにより、この世の一切の対立を解消し、人びとの調和をもたらす原理であった。」 永井義雄氏は永井義雄は、著書の『ロバアト・オウエンと近代社会主義』で、オーウェンの思想を次のように整理している。 ・オーウェンが「性格形成原理」と呼んだ理論は、環境によって人間の性格が形成される、という「環境決定論」であった。 ・オーウェンはその理論を労務管理に適用し、経営者は、労働者の労働条件や生活条件を改善することによって労働者の勤労意欲を高めるべきだ、とし、環境を変えることによって人間を変え、人間相互の調和を実現する社会変革が可能となる、と考えた。

(bbb)


  人間科学大事典

    ---50音の分類リンク---
                  
                  
                  
                  
                  
                  
                  
                          
                  
          

  構成