北朝鮮4
出典: Jinkawiki
朝鮮民主主義人民共和国、通称北朝鮮とは、東アジアの朝鮮半島北部を支配している独裁体制をとっている 国である。現在は金正恩が指導者となり政策を進めている。
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北朝鮮の成立
戦前の北朝鮮は、1910年から始まった日本による韓国併合によって日本の植民地と化していた。しかし、日本が 第二次世界大戦が敗北すると、日本はポツダム宣言により朝鮮半島から手を引くこととなる。その後、朝鮮半島は 北緯38度線より北をソ連(現在のロシア)、南をアメリカが占領する。両国は占領地域を軍事支配することなる。 この後、連合国が朝鮮半島に統一政府を樹立させようとするが、1946年に2月にソ連の支配する北部は朝鮮臨時 人員委員会が発足していたのである。これを受け、南側だけのみの選挙を決行することとなり、1948年8月に大韓民 国が成立、9月には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立することとなる。
朝鮮戦争
1950年に朝鮮戦争が勃発する。先に攻撃を始めたのは北朝鮮であった。目的としては武力で朝鮮半島を併合する ことであった。当初は大韓民国側はこのような時に北朝鮮が攻めてくるなどとは考えれおらず、わずか5日で朝鮮 半島南部の釜山まで迫るほどの猛攻を見せる。しかし、韓国側にアメリカがつき、国連軍が加わると戦局は逆転 する。しかし、北緯38度線を越えたところで中国(この時の国家主席は毛沢東)が北朝鮮に援軍をおくり、戦局は 38度線を境に睨み合いとなる。勃発から3年後の1953年に休戦協定が結ばれたものの、今だ戦争は終わっていない のである。
金日成による粛清
1953年に休戦協定が結ばれたわけだが、この時はまだ金日成の権力が非常に強かったわけではない。その原因としては 金日成がまだ若かったのと、朝鮮戦争、第二次世界大戦の時に日本軍と実際に戦闘したものたちもいたためである。この ような状況から、金日成に反抗する者もいたのである。現実には、金日成を失脚させようとする動きもあったのだが、それ よりも先に金日成が手を打ち自分に反抗するような者たちを粛清していたのである。また、この頃から北朝鮮の各地に金日 成の銅像や肖像画がかけられるようになるのである。このようにして、金日成の個人崇拝は確立されそれが子の金正日、さら には孫である金正恩にも繋がっているのである。
1990年代の北朝鮮
この時期から、北朝鮮は軍事ミサイルの開発や、核爆弾の開発を開始している。常任理事国であるアメリカや中国は これを止めようとしたものの、北朝鮮の暴走に歯止めをかけることは出来ずに北朝鮮に譲歩することを選んだのである。 その当時は戦争を避けることが出来たと言われているが、現在のことを考えるとそうではない言えよう。 1994年には金日成主席が死亡すると、子の金正日を中心とする体制がつくられた。金正日が第一書記となったのち には、ミサイル開発などがさらに加速化し、金正日の子、金正恩の指導体制になるとその動きは金正日以上にミサイル開発 や核爆弾の開発、さらなる武力強化をするなどしている。
現在の北朝鮮
現在の北朝鮮は金正恩が指導者となり、独裁体制を気づいている。核開発やミサイル発射実験を繰り替えすことで、世界中から 非難を浴びているのが現状である。また、現アメリカ大統領のドナルド・トランプとの批判の争いが絶えずに、いつ戦争が起きても おかしくないような状況となっている。また、経済面でも国民のほとんどが餓死寸前の状態であるという情報もあり、依然として 北朝鮮国内の詳しい様子は分かっていないのである。
<参考>
http://benedict.co.jp/smalltalk/talk-128/
http://www12.plala.or.jp/rekisi/kitatyousennkimu.html
北朝鮮 北東アジアの緊張 ダイヤモンド社 著者 櫻井よしこ