反グローバル化
出典: Jinkawiki
グローバル化とは、国民国家の国境を越える資本、商品、サービス、労働力の動きを指しており、その動因は、多国籍企業による国境を越えた多国籍生産、多国籍取引の拡大にある。それゆえ、グローバリゼーションとは、市場経済の拡大、国家による諸規制の緩和、小さい国家、市場開放、民営化や自由化と結びついており、ボーダーレス化とも呼ばれる。グローバリゼーションは、国境の垣根を低くするが、それとともに国家や地域間のさまざまな交流・協力体制も進展させる。
一方、反グローバリゼーションとは、グローバリゼーションをむしろ批判的に見るような思想と行動としての反グローバリズムには主に3つある。 第一に、いわゆる地域主義である。ここで、地域主義は二重の意味を持つ。一つには、国家間の連携が深まり、何らかの地域協力隊を生み出す動きである。EUやASEAN、NAFTA(北米自由貿易協定)、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)等はその例である。他方で、国家の国境内に位置する各地方が国境を越えて相互に交流・協力関係を結ぶ場合も地域主義といわれる。地域主義は本来、第三者に対しては差別的に働くので、グローバリゼーションとは矛盾する。しかし、地域主義はグローバリゼーションが今日のように明白に行き詰まりを見せるとき、そこからの出口として強まる面がある。WHO(世界保健機関)の場での包括的貿易自由化交渉が行き詰まると、各国がFTA(自由貿易協定)に走るのはその一例である。
第二に、グローバリゼーションに伴う、市場経済一辺倒の物資主義の広がり、また、これと結びついた貧富の格差の増大、これを支えるアメリカの政治的・軍事的支配に反感を持ち、テロにより、グローバリゼーションの本山たるアメリカに打撃を加えようとするテロリズムである。テロリスト勢力は決して一様ではないが、アル・カイダのようなイスラム諸国に本拠を置くテロリスト勢力が2001年9月11日にニューヨークとワシントンDCに同時攻撃を仕掛けたことは、グローバリゼーションの相貌を大きく変えた。9.11事件は、グローバリゼーションの根底にあるアメリカおよび起源の多国籍企業の世界市場支配の試みに対する反動である。テロリズムの資金源は国際資金によって支えられており、テロリズムは、この意味で、グローバリゼーションの生み出した鬼子である。
第三に、市民社会のグローバリゼーションをチェックする運動である。グローバリゼーションは、営利動因で行動する他国籍企業によって推進されている。その結果、「市場の失敗」と呼ばれるような経済集中、地域や貧富の格差、破産や失業、投機経済の横行、生態系の悪化と公害等を世界に広げる傾向がある。グローバリゼーションは1980年代におけるアメリカをはじめとする先進国での新自由主義の勝利の延長線上に展開するのだが、その結果、1990年代前半にはすでに、南北問題や雇用不安定化等の社会問題が世界的に拡大していた。その結果、1995年にはデンマークのコペンハーゲンで、国連主催の世界社会開発サミット(WSSD)が開催され、世界の社会問題が討論されることとなった。 市民社会は、一方では、コミュニティレベルで、グローバリゼーションのなかで絶えず増大する貧困、失業や、同じく絶えず周辺化される「社会的弱者」の統合に取り組むことができる。他方で、市民社会は、このような現場での経験を通じて、国家(政府)や国際機関に対して社会問題解決のための提言を行い、そのための政策環境の形成に努めることができる。1999年アメリカシアトルで開かれたWHO(世界保健機関)閣僚会議の際に各国から集まったNPOやNGOがデモを行い、社会問題を考えない貿易自由化一辺倒のWHO会議を流会に追い込んだのは、その一例である。1970~80年代に明らかになった「大きな政府」の限界、「政府の失敗」を通じて、グローバリゼーションの時代には、市民社会の世界経済社会の動きに占める役割がますます注目されるようになった。
2001年から、これら国境を越えた市民団体、NGO等がグローバリゼーションを推進する立場の政・財会のエリートが組織する世界経済フォーラムに対抗して、世界社会フォーラムに集まるようになった。世界社会フォーラムは、NGOがグローバル・レベルで行われている提言や非営利、連携経済活動の経験交流、国際機関や各国政府への提言の場となっている。
参考文献
・三橋貴明著,『脱グローバル化が日本経済を大復活させる』,青春出版社
・西川潤著,『グローバルを超えて』,日本経済新聞出版社