夢
出典: Jinkawiki
●夢の定義・歴史
まず、夢の定義というのは、一般的な狭い定義として、登場人物がいて、筋書きらしいものがある、妄想じみたものだけを夢と呼ぶという立場がある。また、狭い定義の相反するものに、睡眠中のあらゆる段階で起きる精神活動を夢と呼ぶ立場がある。このように、研究者によって夢の定義というのは様々なのである。このレポートでは、広い定義である「目が覚めてから語ることのできる睡眠中の精神的な体験」を夢と呼ぶことにする。 夢というのは、有史以来、夢は人々の想像力をかきたてていた。最古の夢の記録はメソポタミアで出土している。粘土板に書かれた英雄伝説「ギルガメッシュ」には、夢に現れた象徴的・隠喩的なモチーフを解釈する方法が述べられている。これが発見されたのは紀元前7世紀であるが、そこに書かれた夢を織り込まれた物語は、それより何百年も前から口承されてきた。またインドや中国では、紀元前1000年頃からすでに夢を読み解く方法が文献に記されていたという。しかし、このような時代の夢の概念の中核をなすのは、夢は神様のお告げであり、それを読み解くことで未来を予想できるというものであった。そのような夢に対する概念もアリストテリスは、「夢は睡眠中の思考」と考えており、インドで紀元前900~500年くらいに書かれた「ウパニシャッド」では、夢のモチーフはその人の内的な欲望の表れであると説いている。そして現代では、フロイトが、夢は起きているときに自己検閲によって抑えられている潜在意識の欲望(主にフロイトがリビドー的衝動を呼ぶ性的・攻撃的な欲望)から生まれると述べていたり、ユングのように夢のイメージは心の本能的・感情的な部分から理性的な部分にメッセージを伝える役目をすると考えたり、夢に対するとらえ方は科学者や心理学者によって様々な考え方があるのである。
●夢を作り出すもの
夢はホブソンの理論でいえば脳幹の付け根の構造物、脳橋からアセチルコリンが分泌され生み出されるものとされてきた。ところが、ソームズにより夢は、様々な感覚情報を統合し方向感覚と頭に浮かぶイメージをつかさどる頭頂葉の部位から分泌されるドーパミン(脳の報酬系が興奮したときに大量に分泌される)が夢を作るのだと発表し、後の多くの研究者が発表する実験結果においてもこちらの考え方がしじされるようになった。このようにホブソンの理論とソームズの理論が正しいのかなど数多くの討論がなされたが、現代はこの論争(フロイト論争)は収まりつつあるが、長年研究者を悩ませてきた夢にまつわる「夢は生存に役立つのか」という謎については相変わらず激しい論争が繰り広げられている。多数派の見解によれば、夢は進化の過程で獲得された能力の副産物にすぎず、それ自体としてはとくに生存に役に立たない。もし生存のために役に立つ点があるといえば、必要があればいつでも完全に目が覚めた状態になれるよう、神経回路網をスタンバイしているというものである。しかし、もう一方には、レム睡眠は哺乳類の生存に不可欠なものとして進化したが、その結果として生まれた夢もまた様々な生物学的機能を持つと主張した人たちがいる。最近の研究で着々と蓄積されつつあるデータをみると、この夢有用説を裏付けるてがかりは夢の中身にあるという。夢の中身を探究することによって夢の機能というものがわかるのである。
●夢の計量分析
カリフォルニア大学サンタクルス校の心理学者であるつるつるのスキンヘッドが特徴的なドムトフ氏は、師ホール氏の残した異なる文化圏の夢を比較したデータを彼の尽力により、1990年代半ばに初めて一般公開した。分析結果をみると、世界中のどこでも女性の夢には男女の登場人物がほぼ半々でてくることに対し、男性の夢では登場人物の7割は男性である。また、男女ともに好運な状況よりも、怖い、嫌だといった不運な状況の夢を見ることが多いこと分かった。他にも夢の中では他者に対し友好的な態度よりも攻撃的な態度をとることのほうが多く、女性よりも男性のほうが物理的な攻撃を夢に見ることが多く、こどもの夢には攻撃的な要素はほとんど出てこず、そのような態度がでてくるのは10代になるころからだと考えられている。このような夢の内容分析で、時代が変わっても、人々が見る夢には驚くほどの一貫性があることが明らかになった。また、ドロシアと呼ばれる女性(仮名)の夢日記の分析から年をとっても人の見る夢は案外変わらないということが分かった。ドロシアは生涯独身を通した学校の教師であったこともあり、年を取るにつれて目だって増えてきた唯一のテーマは、一人取り残されたり、無視されるというものだった。 同じ感情を反映した夢でも、その人の生活スタイルによって設定は変わってくる。例えば、準備なしに本番を迎える不安という感情が背後にあると、学生ならば、授業にでなくていきなりテスト当日になっているという夢、役者ならば、脚本を与えられずに芝居の舞台に立つという夢、学者ならメモもなく、考えもまとまっていないのに演壇に立ってスピーチをするという夢などである。ホールによれば、夢は「覚醒時には思考を表現するのに言葉や数字、身振り、絵などの媒体が用いられるが夢の中ではもっぱらイメージが表現の手段となる」また、「夢はその人の思考のきわめて個人的な表現」であり、覚醒時に書いたり話したりするときのように、とりつくろったり歪めたりせずに、「本人が見た、その人の生活の基本的な状態」をありのままに映し出す点に夢の重要性があるという。
●生き残るためのリハーサル
私たちが見る夢は、より下等な動物から受け継がれたメカニズムであり、遺伝子に書き込まれた生存のためのプログラムと、日々の体験から得た重要な情報が、レム睡眠中に脳の中で処理され統合されるということである。 言うまでのなく人間は動物よりも高度な夢を見る。複雑な神経回路をもつため、自分の感情を鋭く察知し、物語を作り出し、言語を用い、過去の自分と現在の自分をと結びつける個人的な歴史から素材を引き出されるからである。話ははずれてしまうのだが、夢の視覚的イメージとして1942年の大学生を対象にした調査では色つきの夢を見たと答える学生は10%であったのにかかわらず、1962年の調査では83%の人が色つきの夢だと答えた。この間に何が起こったのかというと、白黒のメディアから現代のようなカラーなメディアへと進化しのだ。つまり、視覚的なイメージの記憶は先入観で簡単にねじ曲げられてしまうのである。 動物よりも高度な夢を見ることは確かなのだが、人間の見る夢のルーツは動物の素朴な夢にある。私たちの祖先(有史以前)は狩猟採集生活をしてきたため、生存を脅かすさまざまな危険に日々遭遇していた。恐ろしい出来事を安全な状況でシミュレートする手段として夢が進化したのである。こうした状況では下で生き延びて子孫を残す“選ばれた少数者”になるには、生存を脅かす要因にすばやく気づいて、対処する能力が不可欠である。そのためオフライン状態で生存の技術をリハーサルする能力は、レム睡眠の誕生とともに初期の哺乳類で発達し、その後人間ではさらに磨きがかかった。“選ばれた少数者”というのは、夢を見るのが上手であったために、生き延びてその能力を次世代に伝えたのである。 私は「ヤンキーにカツアゲされたくなくて逃げ回って交番に駆け込む」という夢を見たことがあるのだが、この間に脳は安全な場所に逃げるように命令をだしているのである。もちろん寝ているために実際にこの命令は実行されないが、脳はこうした運動指令のコピーを感覚システムに送って、運動の仮想体験を作り出すのである。その仮想体験は覚醒時に体験したものと同じものとして前脳と運動野の皮質は受け取る。 夢の中で行われるこうした生存のためのリハーサルは、目が覚めたときに夢を思い出せなくても効果がある。ウィルソン氏によれば、「そもそも夢というのは覚えておくものとして作られていない。私たちが夢を思い出すのは、本当はみてはいけないオフライン状態の脳をちらっとのぞき見るようなものなのだ。」と、述べている。人間は言葉を持っているので夢と現実との区別できるが、言葉を持たない動物が、夢を覚えていたら現実と区別できないため、適応の妨げとなるだろう。「夢が自然と忘れられるように進化したおかげで、私たちも私たちの祖先も、現実を混同するすると言うリスクを回避できたのだろう。」と、ラバージ氏は述べている。 人間は覚醒時と夢の体験を区別できるので、夢を覚えていても危険さらされることはない。さらに人間というのは、夢を思い出して、さまざまな個人的、文化的用途に活用できる。とレボンス氏は述べている。 人間は高度に発達した知能で、多くの危険を克服した。タフツ大学のハートマン氏の長憂さによると、大人の夢には、歩く、友人と会話する、セックスをするといった行動が現実と動揺、頻繁に出てくる。ところが読む、書く、計算するという行為は調査対象の成人が一日に何時間もしているにもかかわらず、夢には現れない。レボンス氏によれば、こうした活動は人類の歴史では比較的に新しいものだからであり、祖先の世界にはなかったからであるという。 レム睡眠が生まれ、生存のためのスキルをリハーサルできるようになったことは、適応に有利な条件となった。そのため夢を見る睡眠段階はホモサピエンスまで受け継がれた。人間の脳は複雑な構造を持つため、こうした夜ごとのリハーサルは、はるかに高度なレベルまで発達した。実際夢を見ることは、ほかの睡眠段階での脳の活動と複雑に絡み合い、新たなスキルの学習と、自己というユニークな意識を支える記憶の統合に重要な役割を果たしているのである。
●うつ病の人と健常な人の見る夢
睡眠中に脳が果たす重要な役割には、昼間抱いた感情、とりわけストレスとなる感情や自信喪失につながる感情を処理することがある。とカーライト氏はみている。そのため、夢の内容は主としてネガティブなものがポジティブなものよりも格段と多いのだが、それはオフライン状態で生存に必要な情報を処理するというレム睡眠の生物学的用途とも合致すのである。だからこそ、昨日嫌なことがあっても次の日の朝気持ちよく目覚めて、新しい一日を始めるには、そういう感情を夜のうちに夢の中で自分の過去の似たような出来事の中から解決策をみつけ、処理しておく必要があるのだ。 しかし、うつ病の人の夢のパターンはこれとは大きく異なる。通常ならば、眠ってから時間がたつにつれて、夢は次第に楽しいものとなるのだが、うつ病患者は、夢は時間がたつにつれどんどんと暗い内容になる。普段からよくよく考え込んでいるため、レム睡眠中にも、記憶の中からネガティブなイメージばかりを引き出し、不安や恐怖がいっそう強まるのである。 健康な人では、レム睡眠を妨げると、朝目が覚めたときに不機嫌になり疲労感がのこっている状態に対して、うつ病患者の場合は全く逆で目覚めた時の気分は爽快であるという。これは夢には感情を調節する効果があるため、健康な人であったら夢を覚えていることで治療効果が高まるのだが、うつ病患者の場合はその夢が覚醒時に起こった出来事をよりネガティブに映し出すため、気分がよくなるどころか落ち込んでしまうからではないかと考えられている。 カーライトはこのことに着目し、うつ病患者の夢を人為的に中断することで、感情システムが新しい結びつきを探し、夢によりポジティブな結末をもたらすのではないかと考えて、検証を行っている。「レム睡眠中に起こして、夢の内容を語らせることで、ネガティブな内容をカットし、記憶システムにポジティブな結末に向かうルートがあれば、次のレム睡眠に入ったときに、そこに入っていく可能性が高まる。」といったものである。また、人間はレム睡眠を中断すると脳はもっとレム睡眠をとろうとするため、一晩でレム睡眠になる回数が増えていく。回数が増えればさらに正常な機能を取り戻すチャンスも増えるのである。 レム睡眠が中断されれば、夢の中で抱く感情が強まり眼球が激しく動くということが長年の研究で明らかになった。うつ病患者の夢はネガティブな方向にエスカレートしがちであるが、レム睡眠を中断すれば、そうした夢の悪循環を断てる。薬や心理療法なしに症状を改善できるかもしれないのである。