慰安婦2
出典: Jinkawiki
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概要
「慰安婦」とは、1930年代初期から1945年に1945年に中国や米国などの連合国と戦った日本軍の将兵の性的欲望を満たすために設けられた「慰安所」で、日々性行為を強いられた女性を指す言葉である。具体的な人数は研究者により差があるが、10代の少女を含む数万から20万という若い女性がそうした境遇にあったといわれる。 フェミニズムが世界中で大きな力となりメディアを通じて広範な影響力を持った1990年代において、日本経済の停滞という閉塞感のなかで社会の「歴史認識」が問われ激しく議論され、「慰安婦」問題は1990年代の日本を大きく揺るがした社会問題となった。
経緯
満州事変の翌年、1932年の上海事変で日本兵が中国人女性を強姦する事件が起きたため、反日感情の高まりを防ぐためとして九州から軍人・軍属専用の慰安婦団を招いたとの記録がある。その後、性病蔓延による戦力低下や機密漏洩の防止、軍人の慰安のためなどさまざまな理由が加わった。「慰安婦」問題が国内に知られるようになった理由としては、戦後まもない時期から兵士の体験談や手記が発見され、そのなかで語られていたことが挙げられる。
争点
「慰安婦」問題とは、日本と韓国間における第二次世界大戦の「戦後処理問題」の一つとして捉えられており、「日本政府や日本軍の関与による女性の強制連行があったのかどうか」という問題が唯一の争点となっている。
「慰安婦」問題におけるメディア・NGO
「慰安婦」問題を含む、21世紀の日本が抱えるさまざまな問題を解決するうえで、メディアやNGOは大きな影響力をもつようになった。しかし、多くのメディアやNGOは政府の政策を批判するという伝統的な役割を果たすにとどまり、限られた政治資源と選択肢のもとで 最大限なしうることを追求するという政治の責任を引き受けることを回避するなど、課題も多くあったようである。のちに、特殊なNGOとしてアジア女性基金という組織も結成され、「慰安婦」問題は主にメディアやNGO、そしてアジア女性基金の言説と活動が中心となっていった。
「慰安婦」問題の実態
慰安婦の「強制連行」というのは、日本の官憲が強制的に朝鮮人女性を拉致し連れ去ったことに加え、日本の官憲が女衒などのいかがわしい業者らに命じて間接的に拉致,誘拐させたりしたことを含むと韓国側は主張し、定義している。しかし、ここ数十年間の調査の結果、これらの「強制連行」を日本の官憲が行ったという物的な証拠は何一つ見つかっておらず、証拠として残っているのは、「強制連行」の多くは朝鮮人の悪徳業者により行われていたというものである。 また、慰安婦には給料が支給されており、その金額は月収300円、年収で3600円ほどであった。(当時の陸軍大将の年収が6600円、二等兵の年収が72円)つまり、慰安婦が性奴隷であるとう説は間違いである。
参考文献
よくわかる慰安婦問題 西岡力 著 草思社
「慰安婦」問題とは何だったのか 大沼保昭 著 中公新書