矯正教育
出典: Jinkawiki
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一般教育と矯正教育の相違点
矯正教育とは「少年院は家庭裁判所から保護処分として送致される者を収容し、これに矯正教育を授ける施設とする」という少年法第一条に基づいて、少年院で行われる教育を指すものである。すなわち矯正教育とは保護処分の執行として、少年院において行われる教育活動であり、その目的は心身ともに健全な少年の育成を期して在院者の社会適応性を涵養することにあるといえる。この「健全な教育」についてであるが、少年法ではこの「健全な教育」を目的として、非行のある少年に対する「性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分」を謳っている。性格の矯正の「矯正」とは、好ましくない状態にあるものを、好ましい状態に改め直すというのがその語義であり、そのため性格の矯正とは個々の在院者について、その非行の要因となる性格上の問題点を的確に捉え、改善向上の手だてを講ずることにあるといえる。しかし、このことは一般の学校教育においても、教育目標の一つに取り上げられている。一般の教育と矯正教育の違いというものは何だろうか。矯正教育における教育の位置づけについて調べていきたい。 一般教育について石川脩平は「人格完成という一般目標を、個々の子どもにあてはめてみて、だれはどの方面が優れているとか、どこに欠点があるか、どんなに偏っているか、どのような矛盾をもっているか、ということをつきつめ、それぞれの子どもについて努力させ、修養させるべき方面、またその子どもを助けはげまし指導すべき重点を決めなくてはならない。これが教育の具体的、個別的目標である」が「この場合必要なことは、短所を咎め、欠点をなおすことに重きを置くよりも、長所を認め、美点を伸ばすことを主とするほうが得策である」。とし、「どんな人間にも、必ず何らかの長所はある。他人と比べては具体的に劣っている場合でも、その人自身の能力のうちでは、何かしら優れた点があるに違いない。そこを認めてやり、そこに希望と自信とを持たせて、光明のある生活を送らせ、それを中心として張り切った生活を送らせてやるとき、そこに人間性が、その人ながらの生活において十分に、しかも個性的な統一をもって実現せられるのである」としている。このような長所・美点の伸張を目指す一般教育に比べ、矯正教育は性格の矯正を目的とするため、原則的にその具体的目標として、在院者の短所・欠点の是正を強調することになる。一般教育の目標を人間性の伸張にあるとすれば、矯正教育の目標は一応人間性の回復にあるといえなくはない。しかし、矯正教育の目的を在院者に対する社会適応の付与と考えるならば、このことは生活環境、人格環境に正しく順応し、それを乗り越えて再非行に陥ることのない健全な社会人として生きていけるように、健全なものの考え方や行動様式などを身につけさせることである。そしてこの場合の社会適応性は、単に受動的な意味での社会への順応性にとどまらず、自らの意思と責任においてその独自性を主張し、社会に対して積極的な適応ができるような能動的な意味での社会適応性を含むものとしなければならない。そのため、矯正教育も在院者それぞれが長所の伸張を図ることを目標として教育実践が展開されなければならない。
矯正教育の教育目標
矯正教育の教育目標は少年法がその目的として第一条に掲げる「健全教育」の理念であり、これは教育基本法に示された教育の理想像と軌を一にするものである。そしてこの目標を達成するための矯正教育の目標は教育対象者が「非行のある少年」であり、対象としての少年の反社会的行動が社会的に許容されない性質のものであるという特殊性を受けて、少年の「性格の矯正」を図り、社会生活に適応させることであると考えられる。このように矯正教育は、その目標を教育の一般的、普遍的な理念とともにしているが、その目標を達成する手段については、対象が少年であり、犯罪・非行であるという特殊性に対応している。これを具体的、実際的な教育活動の狙いから見れば少年が成長発達の過程にあり、教育可能性を持つことに着目すれば、心身の発達程度に応じた一般的教育目標が基礎的に必要とされるであろうし、犯罪・非行の社会的危険性ないし反社会性に着目すれば、危険性の程度に応じた教育環境の特殊化が必要とされ、さらに、反社会的行動を少年の人格形成の観点から見れば、発達上の障害の所在ないし程度に応じて「性格の矯正」を図るということになる。矯正教育が「在院者を社会生活に適応させるため、その自覚に訴え規律ある生活とともに左に掲げる教科並びに職業の補導、適当な訓練及び医療を授ける」(少年法第四条)とされているのはこのためである。
教育の内容について
少年院の教育は、少年院法によれば、教科、職業補導、適当な訓練及び医療の四つの区分が示されているが、実務の上での事務分掌では教科、職業補導、生活指導、体育、レクリエーションなどの区分がなされ視点が混在してしまっている。 その中でも内容区分の最も把握しやすい形として教科(教科教育、職業補導、体育など)と教科外の教育活動(生活指導、医療など)とに区分する立場に立ち、さらにこれを少年法における教育課程を構成する指導領域として明示されている五領域(生活指導、教科教育、職業補導、保健・体育・特別活動)に区分して述べる。
①生活指導
生活指導は対象者の反社会的なものの考え方や行動様式を是正し、健全な社会生活を営むことができるよう対象者の個性と社会性の発達を図ることを狙いとして、その生活に表れた具体的な事象に即して、より人間的なものの考え方や見方、感じ方、行い方を身につけさせるための指導である。この意味から、生活指導は少年院の教育の中核をなすものと考えられる。
教育実践の方法として、生活指導の分野のみならず、すべての領域において個人を対象とする個別指導、集団を対象とする集団指導の方法がとられる。少年院の生活指導の具体的方針は以下のように分類されている。
Ⅰ.日常生活で必要とされる基本的行動様式の形成と、規則正しく健康的で有意義な生活を送る習慣を身につけさせる。
Ⅱ.自己を深く見つめ、自己を正しく理解するとともに、その改善、向上のために自主的に努力しようとする態度の育成を図る。
Ⅲ.集団の一員としての自覚と責任感を養うとともに正しい人間関係、あり方など社会性の発達を図る。
Ⅳ.将来の生活設計に備え、家族との関係の調整を図るとともに自己に適した進路の選択を行うなど、将来の生活への見通しを立たせ、心構えを作らせる。
このような方針に対応して個人を対象とし、あるいは集団を対象として各種の指導が展開される。現在少年院で導入、実施されている主な方法、技法を次にあげる。
(個人を対象としての指導)
面接指導、日記指導、作文指導(自由課題)、読書指導、内観、カウンセリング、自立訓練法など
(集団を対象としての指導)
基本的生活訓練、集会指導、役割活動、集団討議、教養講座、心理劇、ロールプレイングゲーム、グループカウンセリングなど
②教科教育
少年院法により、少年院における教科教育は、小学校、中学校及び養護学校その他の特殊教育を行う学校で必要とする教科を授けることを基本とし、さらに必要がある場合は高等学校以上の学校に準ずる教科を授けることとされている。
現在実施されている主な教育課程は、
Ⅰ.中学校未修了のものに対する中学校の教育課程に準じた課程
Ⅱ.高等学校復学希望者に対する高等学校の教育課程に準じた課程
である。
一方教科教育課程の対象外となる中学校卒業者、高等学校中退者に関しては、ほとんどの者が基礎学力が著しく劣り、理論的思考が乏しく、かつ進歩向上への意欲が乏しいなどの問題を有する事から、高度な知識の習得よりも実際の日常生活に必要な基礎的知識の習得に主眼を置いている。
なお、学校教育以外の知識を必要とするものに対しては、簿記、孔版、ペン習字、商店実務などの社会通信教育を受講させている。
これらの対象者に対する実践面での共通の目標は、
Ⅰ.一般的常識および基礎学力の向上
Ⅱ.社会生活上必要な判断力、理解力、表現力の向上
Ⅲ.学習に対する意欲の喚起
などである。
③職業補導
職業補導は、勤労の精神と態度を育成し、職業生活に必要な知識と技能を習得させるとともに、進路に関する指導を行うものである。
男子少年院では、大工、建築大工、ブロック建築、タイル、機械、板金、溶接、印刷、電気工事、理容、自動車整備、農業など、女子少年院では洋裁、美容、タイプ、家事サービスなどの種目を実施している。
その具体的指導領域は次の二つに大別される。
(職業教育)
この領域では、
Ⅰ.職場で必要とされる基本的態度の形成(持続性、勤勉さ、人間関係など)
Ⅱ.職業に関する情報提供
Ⅲ.職業適性の発見と職業選択能力の育成
などを狙いとする。具体的実践内容としては職業に関する教科、職業実習(生産実習、技能実習、作業療法的実習)、職業相談などが主なものとなる。
(職業訓練)
この領域では職業訓練法に基づく職業上の知識、技能の習得、資格習得を狙いとする。具体的実践内容としては専門教科、専門実習、職業相談などが主なものとなる。現在、職業訓練課程施設で実施している訓練種目は木工、板金、溶接、電気工事、クリーニングなどである。
④保健体育 保健体育は在院者の心身の健康保持という人権的配慮と、健全な心身と社会性の発達を狙いとする。その意味は単に健康保持、体力増強のための一手段としてのみではなく、教育上積極的意義を持った処遇の一領域と考えられる。荒んだ過去の生活、特に最近多く見られる薬物濫用少年の増加に伴い、心身共に健全な少年を育成するための手段として、その占める重みはますます増大しつつある。
⑤特別活動
特別活動の具体的内容に関して、以下のように大別することができる。
Ⅰ.自主的活動:自治的集会、ホームルームなど
Ⅱ.施設外活動:野外訓練、社会奉仕活動など
Ⅲ.クラブ活動:文科系クラブ(絵画、書道、音楽など)、体育系クラブ(主に各種スポーツ)
Ⅳ.レクリエーション
Ⅴ.行事
これらのうち、Ⅰ.自主的活動、Ⅲ.クラブ活動などについては、従来、指導に当たっ
てさまざまな考え方がなされてきたが、特別活動領域の活動として実施することとされた。Ⅰ~Ⅳまでの具体的内容については、学校教育におけるものと同じである。Ⅴの行事についてであるが、行事は比較的単調に流れやすい少年院生活に節目を付ける働きを持つために重要な位置を占めている。行事についての方針と重点の置き方は、
Ⅰ.役割活動の実践の場とすること
Ⅱ.自主的参加の態度を養うこと
Ⅲ.学習活動への動機づけを図ること。
さらに、行事を具体的な内容に従って分類すると、
Ⅳ、儀式的行事(進級式、退院式、新年祝賀会、成人式等)
Ⅴ.体育的行事(運動会、各種球技大会、キャンプ、スキー大会等)
Ⅵ.レクリーエーション行事(花見会、演芸会等)
Ⅶ.教養学芸的行事(文化祭、意見発表会、合唱コンクール等)
となる。
参考文献
平尾靖・土持三郎編 矯正教育学入門 大成出版社
吉岡一男 監獄法の改正と刑事収容施設の展望