金印
出典: Jinkawiki
金印
江戸時代、博多湾のある志賀島の叶の崎に甚兵衛という百姓がいた。田の水周りを良くしようと水路を掘り直したところ、二人でやっと抱えられるほどの石にあたった、金でこでそれを動かすと、下に光るものがある。取り出して水で洗ってみると金の印判のようなものであった。 金印には「漢委奴国王」の5文字が刻まれていた。発見当初から『後漢書』に書かれた、光武帝が建武中元二年(紀元57年)に倭の奴の国の使者に与えた印であるとされた。「委奴」の読み方は、江戸時代には「イト」と読むのが主流であったが、明治時代に三宅米吉が「漢ノ委(ワ)ノ奴(ナ)ノ国王」と読んで、それが定説になった。金印が偽物である説も、江戸時代からあった。つまみが蛇をかたどっている
参考文献:山川出版社「詳説日本史研究」