長沼訴訟
出典: Jinkawiki
自衛隊は憲法に違反する存在なのかどうか。これが裁判で争われたことがある。「長沼訴訟」である。
1968年(昭和43年)、航空自衛隊が、北海道長沼町の国有地の保安林を伐採してミサイル基地を建設する計画を発表した。翌年、農林大臣が「公益上の理由」からこれを認めたため、地元住民が、「憲法違反の自衛隊は公益に当たらない」などと主張して国を訴えたのである。
これについて札幌地方裁判所は1973年(昭和48年)、住民の訴えを認める判決を下した。そして判決の中で、自衛隊について「憲法第九条が保持を禁止している戦力」に当たると判断し、自衛隊の存在を違憲とした。裁判所初めての自衛隊違憲判決であった。
政府はこの判決を不服として控訴し、1976年(昭和51年)、札幌高等裁判所は、住民の訴えを退けた。この判決では、自衛隊の存在については、裁判所が判断すべきことではない、という体場をとった。
それは自衛隊のような存在を設置・運営することは「高度の専門技術的判断とともに、高度の政治的判断を要する最も基本的な政策決定」であり、こうしたことは、「政治事項に関する行為であって」「司法審査の対象ではない」というのである。
つまり、国民の代表である内閣が決めることだから、裁判所が口を出すべきことではない、というものであった。
住民は最高裁判所に上告したが、最高裁は、憲法に違反するかしないか判断をしめさないまま住民の訴えを退け、札幌地裁の「違憲判決」は否定された。
この裁判所の判断については、「裁判所には、憲法違反かどうかを審査する重要な役割が期待されているのに、その責任を放棄したものだ」という強い批判が寄せられたが、その後も裁判所は、この方針を変えていない。
参考文献
○池上彰(2008)『そうだったのか!日本現代史』集英社文庫
○後藤武士(2009)『読むだけですっきりわかる政治と経済』宝島社
HN:AN