難民問題3

出典: Jinkawiki

目次

難民とは

「難民」とは平和に暮らしていた人々が、突然、紛争や暴力などにより住み慣れた土地を追われてしまうこと。さらに、一般的に、政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという恐怖を有し、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない、または、望まない者(難民条約上の難民)を指す。近年は、国境を越えず国内にとどまって避難生活を送っている「国内避難民(IDP:Internally Displaced Persons)」も増加している。その他いずれの国の国籍・市民権も認められていない「無国籍者」も世界には650万人以上存在している。

歴史

難民問題が国際社会の問題として取り上げられたのは、第一次世界大戦後、ロシア革命やオスマン帝国崩壊によって大量の難民が発生して以降である。第二次世界大戦後には、より大量かつ広範な地域で難民が発生し、国際社会は、設立間もない国連を中心に難民問題に取り組んだ。まず、1949年に中東のパレスチナ難民の救済を目的とした、国連パレスチナ難民救済事業機関が設立され、翌年1950年には国連難民高等弁務官事務所が設立された。これは、パレスチナ難民を除く世界各地の難民の保護と支援を行う国連機関。1951年、より深刻化した難民問題に国際協力によって対処するために、「難民の地位に関する条約」が作成されたが、この条約は,1951年1月1日以降に発生した難民には適用されないという問題を抱えていて、1967年、条約を補足する「難民の地位に関する議定書」が採択された。この条約と議定書をあわせて、一般に「難民条約」と呼ばれている。

国際社会の難民問題への対策

難民問題は大規模化し、特に、1990年代の地域紛争により発生したクルド難民、ルワンダ難民、コソボ難民、東ティモール難民などは、難民問題に新たな局面をもたらした。近年の難民問題の特色の1つとしては、自然災害や経済危機など複合的な要因が絡んで難民問題が「長期化」する傾向があげられる。かつては、国境を越えていない国内避難民は,国家主権の壁により、国際機関などの直接の支援を受けることが難しい状況にあった。しかし、現在は、人権・人道の見地から、国際社会は、難民同様に国内避難民の保護・支援に乗り出している。

日本の取り組み

日本は1981年に難民条約に加入した。日本が本格的に難民の受け入れ問題に取り組むことになるきっかけは、1970年代後半、ベトナム戦争後のインドシナ難民の発生だった。日本が受け入れた約11,000人のインドシナ難民の多くが、現在も神奈川、埼玉、兵庫などの地域に定住している(2005年に受け入れは終了)。また、難民条約締結後の1982年以降は、条約難民を500名以上受け入れている。そして、2010年度から、アジアで初めてとなる第三国定住による難民の受け入れを、パイロットケースとしてスタートした。タイの難民キャンプで暮らしていたミャンマー難民を毎年約30名、3年間で約90名を受け入れていく予定である。さらに、日本は、中立的な立場にある国際機関を通じて世界各地の難民に支援を行っている。また、近年日本のNGOによる人道支援活動も活発になっていて、政府はこのようなNGOを側面的に支援している。

参考<http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol70/ 外務省HP>


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